弁護士による交通事故ブログ (転載禁止)

後遺障害の定義・4要件

1 後遺障害の定義(自賠法)

 後遺障害とは傷害が治ったときに身体に存する障害をいいます。
 後遺障害の法的な定義は、自賠法施行令2条1項2号からこの定義を用いるのが一般的です。


2 「治ったとき」の定義(労災)

 労災の認定基準を解説した『労災補償 障害認定必携』(16版69頁)には以下の記載があります(カッコ部分は説明を簡略化しました)。


「なおったとき」とは、傷病に対して行なわれる医学上一般に承認された治療方法(療養)をもってしても、その効果が期待し得ない状態(療養の終了)で、かつ、残存する症状が自然的経過によって到達すると認められる最終の状態(症状の固定)に達したときをいう。


 つまり、「これ以上治療を続けても、症状の改善は見込めない。将来、自然に改善することも見込めない。」という状況です。上記の定義は自賠責でも準用されます。
 平成13年に改正された自賠法16条の3を受けた同年の金融庁・国交省告示で「等級の認定は原則として労働者災害補償保険における障害の等級認定に準じて行なう。」とされたことから、関連概念の定義も労災の規定が準用されます。この定義から、労災や自賠責では後遺障害とされたものは一生治らないとの建前になっています。


3 残存期間の制限について

 「治ったとき」の定義からは、後遺障害とされるものは、これ以上治療を続けても改善することはなく、将来的にも自然に改善することはないと言えます。これが自賠責の公式見解です。
 ところが、自賠責で認定された後遺障害の等級が低い場合には、その残存期間を制限することが古くから行われてきました。訴訟では、14級で5年前後、12級で5~10年にすることは多くみられます。
 これに対して、自賠責の担当者は座談会や講演会等で「自賠責としてはあくまでも症状がこれ以上良くならない、一生治らないという前提で後遺障害を認定しております。これに対して示談や裁判所の判決で後遺障害の残存期間が制限されることがありますが、自賠責としては関知しないところであります。」との趣旨の発言を繰り返してきました。
 つまり、自賠責は「一生治らない」という厳しい要件で後遺障害の存否や程度を限定するのに対して、示談や判決ではわずか数年で治る前提で賠償額を低くしてきたわけです。被害者は二重に不利に扱われています。後遺障害の中には症状が将来的に改善するものが存在することや、実務での実態を考慮するならば、すべての後遺障害認定に際して永久残存性を求めることは誤りというほかありません。


4 損失補償の4要件

 上記の『必携』(16版69頁)の「障害補償の意義」に以下の記載があります(丸数字は追加。カッコ部分は説明を簡略化しました)。


障害補償は、障害による労働能力のそう失に対する損失てん補を目的とするものである。従って、

  1. ① 傷病(負傷又は疾病)がなおったときに残存する当該疾病と相当因果関係を有し、かつ、
  2. ② 将来においても回復が困難であると見込まれる精神的または身体的なき損状態(障害)であって、
  3. ③ その存在が医学的に認められ、
  4. ④ 労働能力のそう失を伴うもの

損失補償の対象としているのである。


 上記の「損失補償の対象」は後遺障害であるとして、これを後遺障害が認められるための4要件であるとする意見もあります。しかし、上記①に後遺障害が出ているので、この理解では後遺障害の説明の中に後遺障害が登場することになります。
 上記の4要件は後遺障害に対する損失補償の要件です。自賠責では後遺障害に対する損害賠償の要件として準用される余地があります。但し、4要件には以下の問題があります。


5 結果より先に因果関係を検討する誤り

4要件の①では、「傷病(負傷又は疾病)がなおったときに残存する当該疾病と相当因果関係を有し」とされていますが、この部分にも問題があります。
この部分は、「結果より先に因果関係を検討する誤り」(結論を検討しない誤り)に利用されやすい表現になっています。これは訴訟で加害者側が頻繁に用いる騙しの理屈(ウソ理屈)の1つです。


(因果関係のウソ理屈)

  1. 賠償の対象は事故と因果関係のある後遺障害である
  2. ところが事故からその後遺障害が生じたとは言えない
  3. よって結果を検討するまでもなく、被害者の主張する後遺障害は事故との因果関係は否定される

 加害者側は医学意見書等を用いてこのウソ理屈を頻繁に主張します。加害者側は、何とかして裁判官が「現実に被害者に存在する症状の有無や程度」を検討せずに、心証が空っぽのままで症状を否定するように様々な理屈を繰り出します。
 この理屈に騙されると、結果(後遺障害。被害者の最終的症状)の有無や程度を検討する以前の段階で後遺障害を否定する誤りに陥ります。正しい検討方法は以下のとおりです。


(因果関係の検討方法・最高裁判例の準則)

  1. 結果(最終的症状)の存否や程度を確定する
  2. その結果が事故から生じたと推定できるかを検討する。通常は事故を基点とした症状の発生とその後の連続性から因果関係の推定が成り立つ。
  3. 推定が成り立つ場合には、加害者側にて「より可能性の高い具体的な他原因が存在すること」を主張、立証する必要がある。

 正しい検討方法では最初に結果の存否を確定します。この点が重要です。結果の存否が分からないのに「どのような症状(後遺障害)が存在するかは別として、事故とは因果関係はない。」との理屈で因果関係が検討できるという考えは奇異です。
 次に問題となっている事象(事故)がその結果を生じさせたと推定できるかを検討します。民事訴訟の事実認定は「推定」という非常に強力な道具を無視しては成り立ちません。交通事故では、事故を基点とした症状の発生や症状の連続性があれば因果関係の推定は成り立ちます。この場合には加害者側は、「より可能性の高い具体的な他原因」を積極的に主張する必要があります。
 以上に対して、最後まで結果(最終的症状)検討させずに済ませようとするのが加害者側の基本戦術です。それには色々なパターンがあります。例えば以下のものです。


(可能性を必然性にすり替えるウソ理屈)

  1. その事故は被害者が主張する後遺障害を生じさせるほどのものではない。
  2. よって、被害者の最終的症状を検討するまでもなく、因果関係は否定される。

 例えば、「本件事故レベルの衝撃の事故から重い後遺障害に至ることはあり得るとしても非常にまれであり、そのようなまれな因果経過を想定して本件事故と被害者の重い後遺障害との因果関係を認めることは合理的ではない。」との理屈を述べられると、説得的に思えるかもしれません。この理屈に騙されると、結果(最終的症状)の検討にたどり着くことなく因果関係を否定することになります。正しい検討方法は以下のとおりです。


(事故態様は可能性で足りる)

  1. 事故によりその症状が生じる可能性は認められる。
  2. よって、原因(事故態様)のみによって、その症状が生じた因果関係は否定できない。

 正しい方法では、結果(最終的症状)の有無や程度を確定することから始まります。その上で、その結果を生じさせた原因を探求します。なぜならば、結果が存在するかどうかにより、思考が劇的に変わるからです。
 結果を確認する前の視点では「そのような出来事は極めて稀にしか生じない。よって、その原因により結果が発生することは考えにくい。」との結論になりがちです。しかし、極めて稀にしか起きないことであっても、現にその結果が生じたのであれば、その結果には必ず原因が存在します。非常に稀な因果経過であっても、それ以外の原因が考えられなければ、それが原因です。このように結果の存否により思考が劇的に変わります。
 以上に対して、原因に関してはその結果を生じさせる「可能性」が否定できなければ充分です。論理的にも、「その結果を生じる可能性のある事故でその結果が生じた」で問題ありません。
 なお、原因と対比するべき症状は事故直後の症状です。この症状と最終的症状とのつながりは連続性の問題です。これに対して、ウソ理屈では、原因と対比する症状として最終的症状(後遺障害)を持ち出します。なお、現実的な理由として以下の点も重要です。


(裁判に至る過程での選別)  交通統計によると例えば平成25年の交通事故負傷者は約78万1500人も存在します。交通事故は比較的軽度のものが大半を占めますが、負傷者の中には軽度の事故で運悪く大きな後遺障害を残すことになった方も少なからず存在します。
 仮にその事故態様でその後遺障害に至る人は100人に1人であると仮定しても、膨大な数の事故(その大半が軽度の事故である)と負傷者を背景にすると、軽度の事故で重い後遺障害に至る人は少なからず発生します。
 裁判に至る過程において軽い症状の人は除外され、重い後遺障害を残した人が訴訟でその症状を主張します。裁判所にはそのような事件が集中します。このことを想起したならば、事故の程度としては、その症状(事故直後の症状)が生じる可能性が否定できなければそれで充分です。


 因果関係の関するウソ理屈(騙しの理屈)として非常に頻繁に用いられるものに、次のものもあります。

 例えば、「本件事故レベルの衝撃の事故から重い後遺障害に至ることはあり得るとしても非常にまれであり、そのようなまれな因果経過を想定して本件事故と被害者の重い後遺障害との因果関係を認めることは合理的ではない。」との理屈を述べられると、説得的に思えるかもしれません。この理屈に騙されると、結果(最終的症状)の検討にたどり着くことなく因果関係を否定することになります。正しい検討方法は以下のとおりです。


(具体的症状を病名にすり替えるウソ理屈)

  1. 被害者の主張する後遺障害はCRPSである
  2. 被害者は事故によりCRPSに罹患したとは言えない
  3. よって、被害者の最終的症状を検討するまでもなく、被害者が本件事故によりCRPSに罹患してCRPSによる症状を生じたとは言えない

 このウソ理屈は色々な傷病の事案で非常に頻繁に用いられます。もちろん誤りです。この点は「なぜ診断を検討するのですか?」の項目を参照して下さい。


6 4要件の「医学的に認められる」の誤り

 4要件の③では後遺障害が医学的に認められることを要求していますが、この点も問題があります。
 まず、医学的に認められることの意味がはっきりしません。常識的な見方では診察した医師が存在を認めた症状は、その存在が認められると言えます。
 ところが『青い本』ではこれを「他覚的所見による証明」(12級)と「異常所見による説明」(14級)としています。しかし、平成15年の後遺障害認定基準の改正により、労災では後遺障害の存否や程度の判断資料を医学的資料に限定する考えを採用していません。従って、後遺障害認定の資料を医学的資料に限定すること自体において誤りがあります。この点は「法的根拠のある認定基準は存在するのか」の項目で述べました。従って、要件③は平成15年の改正により否定されたというほかありません。
 なお、「医学的に認められる」を「診断が正しいこと」とすることは誤りです。そもそも労災や自賠責では診断の適否を検討しません。医師ではない認定担当者が定型的業務の一環として診断の適否を判断すると「医業」を行なったものとして、医師法17条違反の犯罪となります。仮に医師であっても患者を診察せずに診断をすると医師法20条違反の犯罪となります。


7 労働能力喪失を求める

 4要件の④では「労働能力のそう失を伴うもの」を要求していますが、この点にも問題があります。その後遺障害により、現実の労働能力の喪失がない場合であっても、後遺障害は否定できないからです。
 例えば、事故で小指を失ったけれども現実の被害者の仕事には支障がない場合に、それが補償(賠償)の対象となる後遺障害ではないとすることは不合理です。事故により顔面に醜状痕が残った場合も同様です。従って、後遺障害には労働能力の喪失は必ずしも必要ではありません。


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