弁護士による交通事故ブログ (転載禁止)

労災・自賠責では診断の適否を検討しません

1 労災や自賠責では診断の適否を判断しません

 労災や自賠責では診断の適否は判断対象ではありません。これはごく初歩的な基礎知識です。具体的な症状ごとに区分された後遺障害等級表に対する当てはめを行なうのが後遺障害認定です。
 仮に万が一、労災や自賠責で診断の適否を判断すると、医師でない者が医師法17条の「医業」を行なったものとして犯罪となります。後遺障害認定という定型業務のなかで診断の適否を判断することは、まさに「医業」そのものです。
 自賠責の異議申立に対する審査の手続や審査会の判断では、医師が加わることもあるとされていますが、医師がアドバイスをしたからといって、医学的判断をすることはできません。看護師が医師のアドバイスを受けて診断できないのと同じです。従って、労災や自賠責の定型的処理の中に「医師のアドバイスによる診断の適否の判断」が組み込まれることはあり得ません。
 仮に認定担当者が医師であるとしても、患者を診察せずに診断を下すことは医師法20条違反の犯罪となります。従って、患者を診察しない自賠責の手続で診断の適否の判断することはできません。
 なお、RSD(反射性交感神経性ジストロフィー、CRPSタイプ1)と高次脳機能障害においては「労災や自賠責が診断の適否を判断している」との誤りを加害者側が主張することが多いため、以下に述べます。


2 労災や自賠責のRSDの3要件は診断基準ではない

 そもそも労災や自賠責のRSDの3要件は診断基準ではありません。カウザルギー(CRPSタイプ2)と同様に扱うかどうかを判断するための基準であると基準に明記されています。これは基準を普通に読めば理解できるごく簡単なことです。
 自賠責の認定実務においても、「RSDの3要件を満たさないからRSDであると診断できない」との誤った記載はなされません。但し、自賠責の認定の中にはRSDの3要件が診断基準であるとの誤解を生じかねない表現を用いるものも存在します。これに対して、RSDの3要件が診断基準であると主張することは加害者側の定番のウソ医学です。かなり低レベルのウソ医学ですが、これが医学意見書に記載されると劇場効果が働いてウソであることが見抜けなくなるようです。このウソ医学に完落ち状態で騙された裁判例は非常に多く存在します。
 また、RSDの3要件は後遺障害の重症度を判断する指標でもありません。カウザルギーと同様に扱うかどうかの判断においてのみこの3要件を用いることができます。


3 ほぼ全てのRSD患者はRSDの3要件を満たさない

 以下のとおり、現実のRSD患者であっても、この3要件を満たす者は皆無に等しいと推測できることからは、この3要件は「カウザルギーと同様に扱うかどうかを判断する基準」としても誤りです。この点は私のブログで繰り返し述べてきましたが、以下に要約して述べます。
 日本版のCRPS判定指標の5項目をAないしEとすると、判定指標は現実のCRPS患者で「5個のうちいずれか2個」の要件(AB、AC、AD、AE、BC、BD、BE、CD、CE、DEの10通りのうちいずれか)を満たす者が82.6%ことを意味します(感度82.6%の意味)。感度とは対象疾患の患者がその検査で陽性となる割合です。即ち、CRPS患者の約2割はAないしEのうち1つしか満たしません。これが統計上の事実です。また、判定指標からはCRPSには必須の症状が1つたりとも存在しないことが、一見して明白です。
 これに対して、労災。自賠責のRSDの3要件は、①上記10通りのうちのABのみに限定し、さらに②A(皮膚、爪、毛のいずれかの萎縮性変化)を皮膚の変化のみに限定し、③B(関節可動域制限)を関節拘縮に限定し、加えて④骨萎縮が必須であるとし、さらに⑤上記3つの全てが明白であること(重症であること)を要求しています。
 これではRSD患者のほぼ全てがこの要件を満たしません。実際にもCRPSの事案の裁判例(重症例が多い)においては、自賠責が3要件を満たしたと認定した事案は皆無に近い状態です。それどころか、4級ないし5級相当と思われる重症例で自賠責が14級や非該当と認定した事案が少なくありません。
 被害者の症状が重篤であることが多い傷病(CRPS)を狙い撃ちした特殊な要件がどうして設定されたのか、理解し難い面があります。これは厚生労働省が関与した事件としては薬害エイズ事件やB型肝炎事件をはるかにしのぐ重大な事件です。


4 労災の「高次脳機能障害」は疾患の名称ではなく、行政上の概念です

 医学書でも「行政の高次脳機能障害」と「医学の高次脳機能障害」とを明確に分けて説明するものが多く存在します。なお、医学での「高次脳機能障害」は疾患の名称ではなく、種々の原因(疾患、怪我など)により生じた一定範囲内の症状をあらわす概念です。このため国際疾患分類(ICD)にもこの病名は存在しません。
 そもそも疾患の名称ですらないので、「行政の高次脳機能障害」を発症することはありません。「行政の高次脳機能障害」との名称が病名と間違えやすいので、正しくは「保護要件R」とでも名づけるべきでした。従って、労災で「行政の高次脳機能障害」に該当するかどうかを判断しても、医学的判断をした(医業を行なった)ことにはならないとの考えが成り立ちます。
 ところが、裁判例の中には「原告が高次脳機能障害を発症したとは認められない」との誤った表現を用いるものが散見されます。これは加害者側の主張(発症してない。ゆえに症状が存在しない)に騙されたことが要因となっています。


5 「行政の高次脳機能障害」は抜け殻の概念である。

 日本高次脳機能障害学会のいう「医学の高次脳機能障害」は失語症、失行症、失認症やその関連疾患を中核概念とするものです。失語症には様々なタイプがあり、失行症や失認症も同様です。日本高次脳機能障害学会はもともと日本失語症学会という名称で失語症を中心にしていました。
 これに対して、「行政の高次脳機能障害」は、失語症、失行症、失認症の全てを含みません。医学の高次脳機能障害の中核概念をごっそりと除外した抜け殻の概念が「行政の高次脳機能障害」です。
 この点について、「失語症は障害者手帳の対象となっていたため、行政上の概念から除外された」と説明されることもありますが、事故(交通事故)により失語症になる方もおられるため、この説明は誤りというほかありません。現状では事故により失語症になった方が適切な賠償を受けることは非常に困難です。
 このため「日本高次脳機能障害学会は、これらの問題点を指摘した意見書を、厚労省に繰り返し提出し、より適切な用語法の採用と、障害認定の公平化に対する配慮を要請してきたが、今日に至るまで、大きな発展は見られない」(『高次脳機能障害Q&A基礎編』5頁)などの強い批判があります。


6 「脳外傷による高次脳機能障害」という概念について

 注意するべき点は、自賠責で認定の対象となるのは「行政の高次脳機能障害」の有無ではなく「脳外傷による(行政上の)高次脳機能障害」の有無であることです。
 自賠責では交通事故後に「行政の高次脳機能障害」とされる症状が生じた方のうち、さらに「脳外傷による高次脳機能障害」の要件を満たすごく一部の人のみが保護される仕組みになっています。この要件から漏れた方は「非器質的精神障害」と見なされます。
 上記に対しては、「行政の高次脳機能障害」に該当するかどうかは、行政の管理区分としての「高次脳機能障害」に該当するかどうかの判断であるとも言えます。このように考えれば、その該当性の判断は医学的判断ではないと言えます。
 しかし、審査の対象となる被害者(患者)は「高次脳機能障害」と医師により診断されていることが通常です。このため単純に「行政の高次脳機能障害の該当性の判断であるから、自賠責でも判断できる」とは言い難い面があります。
 この問題を回避するために、自賠責では「脳外傷による高次脳機能障害」に当たるかどうかを判断し、「行政の高次脳機能障害」であるかどうかを判断しない仕組みになっています。
 以上に対して、加害者側は、「脳外傷による高次脳機能障害」の要件を「高次脳機能障害」それ自体の要件と混同させる主張をすることが通常です。また、「行政の高次脳機能障害」が医学的な疾患の名称であるかのように扱い、「高次脳機能障害を発症した」、「罹患した」などの表現を用いて、その診断の適否の検討に誘導することも非常に多いですが、いずれも誤りです。


7 まとめ

 以上のとおり、労災や自賠責においては、診断が正しいかどうかの判断をすることなく、半世紀以上の長年にわたり後遺障害認定を行なってきた実績があります。これに対して、「診断の適否を判断しなければ後遺障害の有無や程度を判断できない」とする考えは、事実において明らかに誤っているというほかありません。


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