弁護士による交通事故ブログ (転載禁止)

行政の高次脳機能障害の適用領域

1 「医学の高次脳機能障害」に関連する法制度

「医学の高次脳機能障害」に関連する法制度としては、例えば以下のものがあります。

①精神保健及び精神障害者福祉に関する法律
(精神障害者保険福祉手帳)
②身体障害者福祉法(身体障害者手帳)
③各都道府県(療育手帳)
④障害者総合支援法(市町村による障害支援区分の決定)
⑤介護保険法(40歳以上)
⑥国民年金法(障害基礎年金)
⑦厚生年金保険法(障害厚生年金及び障害手当年金)
⑧労働者災害補償保険法(労災)
⑨自動車損害賠償保険法(自賠法)


2 労災、自賠責の特殊性

 上記の法制度のうち制度のなかで「行政の高次脳機能障害」の概念が用いられるのは⑧と⑨のみです。他の法制度(①~⑦)では「医学の高次脳機能障害に該当する症状」(対象者の具体的症状)をそれぞれの法制度の枠組みで扱っています。
 即ち、①から⑦の法制度では「医学の高次脳機能障害」の症状を生じた人は、「行政の高次脳機能障害」に該当するかどうかを判断することなく、それぞれの法制度の枠組みに従って具体的な症状そのものを審査して保護の対象とされます。
 これに対して、⑧労災では、「医学の高次脳機能障害」の症状を生じた人は、「行政の高次脳機能障害」に該当しなければ保護されません。「行政の高次脳機能障害」の「診断基準」を満たすことが保護の要件となっているからです。
 さらに⑨自賠責では、「行政の高次脳機能障害」であるかどうかは判断していません。「脳外傷による高次脳機能障害」であるかを判断しています。この部分は誤解している人も多いと思います。裁判例でも多くが誤解しています。


3 「発症した」、「り患した」の誤り

 以上のとおり、交通事故で用いられる高次脳機能障害は「行政の高次脳機能障害」であり、医学的概念とは全く異なるもので、その概念が用いられる法制度も労災と自賠責のみであり、極めて限定されています。
 交通事故訴訟の裁判例で「高次脳機能障害を発症した(り患した)」との表現を用いている裁判例が非常に多いのですが、そこで用いられる「高次脳機能障害」の概念は、疾患ではないので誤った表現です。
 なお、医学の高次脳機能障害も疾患の名称ではありません。様々な傷病を基にして生じた一定範囲の症状を示す医学上の概念です。従って、医学の高次脳機能障害についても「発症した(り患した)」との表現を用いることは誤りです。「体温38度を発症した」、「体温38度にり患した」と言わないのと同様です。


4 「発症(り患)したから症状が存在する」というごまかし

 このような誤った表現が用いられるのは加害者側の誘導によります。加害者側は「疾患Rを発症したとは言えない。よって疾患Rの症状は存在しない。ゆえに後遺障害はない。」との理屈を用います。
 例えば、「CRPSを発症したとは言えない。よって、CRPSによる症状は存在しない。ゆえに、後遺障害はない(軽い)。」との理屈は加害者側の定番の騙しの論法です。これに騙された裁判例は非常に多く、裁判官が入れ食い状態で騙されています。
 そこで、加害者側は高次脳機能障害においても、「①受傷直後の意識障害がない(画像上の証拠がない)。②よって高次脳機能障害を発症していない。③よって高次脳機能障害の症状は存在しない。」との誤った理屈に誘導することが基本戦術となっています。この理屈に騙された裁判例も非常に多く見られます。それらの裁判例では「行政の高次脳機能障害」について「発症した(り患した)」との表現を用いる誤りが多く見られます。まさに「完落ち」です。


5 具体的症状を認定する必要がある

 正しい思考では、被害者の受けた治療内容や治療期間、医師の判断、被害者の生活や就労の変化などから「被害者にはA、B、C、Dの症状が存在する。」(具体的症状。訴訟ではこの事実的損害を金銭評価します)と認定し、その症状が事故を基点に始まっている場合には加害者側が具体的な他原因を示さない限り、事故との因果関係が認められます。被害者の症状が(医学ないし行政の)高次脳機能障害の概念に該当するかどうかは訴訟では判断する必要はありません。
 これに対して、「高次脳機能障害の概念に該当しなければ、被害者の後遺障害は認められない」として現実に生じた諸事実を無視して、画像所見や受傷直後の意識障害の有無のみ検討することは誤りです。この誤りに誘導するための道具が「行政の高次脳機能障害」です。
 医学の臨床では患者の症状や検査結果をもとに、それに当てはめる病名を検討します。ある病名を検討してその診断ができなかったことにより、ひるがえって症状がなかったことになりません。
 ところが、交通事故訴訟では行政が勝手に決めた管理区分である「行政の高次脳機能障害」に該当しなければ症状が否定されるという誤った理屈に騙された裁判例が多く出ています。


6 「交通事故により生じるたぐいの症状」であれば良い

 以上に対しては、「被害者の具体的症状を認定して、その傷病名を認定しなければ、事故による症状であるのかどうか判断できない。」との反論が考えられます。この点は、「診断を検討する必要がありますか」の項目で詳論しましたのでそれを参照してください。
 交通事故訴訟では、交通事故により「交通事故により生じるたぐいの症状」が生じれば原則として因果関係は認められます。その症状について診断を確定させる必要はありません。
 これに対して、加害者側は交通事故とは関係ない症状であることを具体的根拠をあげて(例えば、糖尿病による症状であること)反論する必要があります。ところが、訴訟では「行政の高次脳機能障害ではない」、「脳脊髄液減少症ではない」などの理屈で症状の存在それ自体を否定する理屈が述べられます。これに騙された裁判例では被害者の具体的症状を認定しないまま、「とにかくそれは高次脳機能障害ではない」との判断をしています。


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