弁護士による交通事故ブログ (転載禁止)

脊髄損傷、頚髄損傷、中心性頚髄損傷の裁判例の実情等

ア 脊髄損傷とは?

 脊髄とは脊椎の中にある神経の束です。脳からの指令を身体の各部に届け、身体の各部から脳への情報提供をする器官です。 脊髄の損傷は人体に大きな影響をもたらします。
 頚髄損傷は頚髄部での脊髄損傷です。中心性頚髄損傷は実はその定義ははっきりしない面があります。 はじめは上肢優位の症状が生じた脊髄損傷について、(解剖学的に考察して)脊髄中心部・皮質脊髄路内側の損傷(中心部損傷)であると考えて、 中心性損傷とされましたが、その後画像上の評価と損傷部位が必ずしも一致しないことから混乱を生じました。 現在ではその損傷部位によらず頚髄損傷で上肢優位の症状を示す症候群を「中心性症候群」と称しています(『脊椎脊髄ジャーナル21巻5号』583頁、2008年)。


イ どのような症状が生じるのですか?

 一般的には頚髄損傷では両上肢、体幹、両下肢に麻痺が出現し、胸髄損傷では体幹と両下肢に麻痺が出現し、 腰髄損傷では両下肢に麻痺が出現するとされます(『頚髄損傷のリハビリテーション改訂第3版』14頁)。
 損傷程度により、①脊髄振盪:脊髄に器質的異常がなく一過性の麻痺となる、 ②脊髄不全損傷:脊髄実質に器質的な以上が残存するが麻痺は完全ではない、 ③脊髄完全損傷:脊髄実質が広範に座滅・断裂し、永続的完全麻痺を呈するに分類されます(医学書院『医学大辞典第2版』)。


ウ 交通事故事案の特徴

 交通事故により損傷を受けた場合でも同じ症状が発生します。事故後に重いまひが出現し、 それが継続して後遺障害となった事例では症状について争いが生じることはほぼありません。


エ 自賠責保険の後遺障害等級認定

 自賠責で争いが生じるのは事故後に症状が一進一退をしたのちに悪化した事例、症状が一時期に改善してから悪化した事例、 事故後に経時的に症状が悪化した事例、中心性損傷の事例です。
 判例集によれば、これらの事例では最終的に歩行不能になり車椅子を利用する状態になるなどの重い後遺障害が残った事案でも自賠責が症状と事故 との因果関係を否定するなどして、極端に低い後遺障害等級とする事案が非常に多く発生しています。


オ 訴訟での現状

 現実には重い後遺障害が残ったにも関わらず、自賠責がそれを否定した場合には訴訟で争うしかありません。 しかし、訴訟では被害者側敗訴が圧倒的に多数を占めています。
 加害者側は医学意見書を提出して被害者の傷病を実質的に詐病と主張し、事故との因果関係を否定する主張をします。 その理屈は、①事故後に治療をしたのであるから改善することはあっても悪化することはない(悪化否定論)、 ②反射テストが陽性ではない、陽性の反射テストを解釈で否定する、 ③画像所見がない。画像があってもアーチフェクト(画像化する過程での誤り)である、 ④その部位の損傷ではその症状は出ない、⑤症状は身体表現性障害などの精神疾患である(症状は精神的素因によるものである)などの理屈を述べます。


カ 裁判例への考察

 上記の自賠責と裁判例の関係は、要するに悪化否定論を主張できる事例で自賠責が後遺障害を否定し、訴訟で損保が争い、 それに沿う医学意見書を提出するというマッチポンプの構造となっています。
 もちろん、①悪化否定論のように、症状が改善するばかりで悪化する事があり得ないとする主張には根拠はありません。 日本全国にある多数のリハビリ施設で「リハビリでいったん改善したらその後に悪化することはあり得ない」とする暴論が当てはまるとも思えません。
 また、②反射テストの感度は統計的には概ね10%程度です。 症状が出ている症例の10%でしか陽性となりません。この反射テストを絶対視して症状を否定することもできません。
 さらに③画像所見が出ていてもアーチフェクトとされている事案や、事故直後に画像所見が出ていてもその後に所見が 消えている事案(脊髄に傷跡が吸収された事案)も多く存在します。また絶対に画像所見が必要なわけでもありません。
 以上のとおり、加害者側の主張には根拠はありません。しかし、医師名義の意見書を出されるとそれを信じ込んでしまう裁判官が非常に多いため、 裁判例では裁判官が入れ食い状態で騙されていることが確認できます。
 長期間の治療を経て車イスでの生活となり、自治体から障害者支援を受けている状況をリアルに考えれば、 それが詐病でないことは瞬時に分かりそうなものですが、そうではないのが実態です。


キ 当事務所の成果

 当事務所では脊髄損傷の訴訟事案を4件受任し、うち2件は医学的な争点につき主張・立証しましたが、いずれも上記の被害者側敗訴が多い類型とは 異なる事案で、適切な賠償金を得ることができました。
 従って、令和2年までの時点では私は上記の類型の訴訟を経験したことはありません。 しかし、実際に受任したことがない類型の事案であっても、交通事故の判例集に掲載されている事案については日ごろからチェックして備えておく必要があります。
 被害者が重度の後遺障害を主張していて実際に車イス生活になっている事案で、自賠責で後遺障害を否定され、 訴訟でも後遺障害を否定されるというのは、かなり目立つ事件です。それが多数発生していることは注目するべきことです。


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