弁護士による交通事故ブログ (転載禁止)

高次脳機能障害の裁判例の実情等

ア 高次脳機能障害の二義性

 交通事故訴訟で用いられる高次脳機能障害は医学で用いられる高次脳機能障害とは根本的に異なる概念です。 ですので、前者を「行政の高次脳機能障害」、後者を「医学の高次脳機能障害」と呼びます。 法曹向けの著書にはこの区別に言及しているものも散見されるのですか、全く触れていない著書が非常に多いため、 この区別を知らない弁護士も結構多いのではないかと思います。
 両者は全く異なる対象を示しています。「医学の高次脳機能障害」は失語症、失行症、失認症、 半空間無視が中心となるのに対して、「行政の高次脳機能障害」はその全部を含みません。 失語症には失語、失読、失書などのさまざまなものがあり、失行症にも失認症の中にも様々な症状があります。 これらの症状や関連症状などを全て除外した抜け殻の概念が「行政の高次脳機能障害」です。
 外傷によっても「医学の高次脳機能障害」は発生しますので、「医学の高次脳機能障害」の丸ごと全部を 「行政の高次脳機能障害」から除外したことは明らかな誤りです。この誤りにより後遺障害等級の認定対象が かなり狭くなります。


イ 「行政の高次脳機能障害」はどのような症状が対象になるのですか?

 上記のとおり「行政の高次脳機能障害」は、「医学の高次脳機能障害」の対象とする具体的症状を全部除外したため、 対象となる症状は具体的症状ではありません。そこで「行政の高次脳機能障害」は、具体的な症状の有無を確認 するのではなく、さまざまなことへの対処能力という形で評価することとなりました。
 即ち、「行政の高次脳機能障害」は①意思疎通能力、②問題解決能力、③作業付加に対する持続力、 持久力、④社会行動能力(協調性等)の4能力の喪失の程度により評価を行うものとされています。


ウ 後遺障害等級はどのように判断するのですか?

 「行政の高次脳機能障害」の後遺障害等級は、上記の4能力の喪失の程度により判断されます。但し、「行政の高次脳機能障害」の  後遺障害等級認定は労災と自賠責で大きく異なります。労災と自賠責で法律上の根拠なく異なる後遺障害認定基準を用いるのは法律違反です。
 自動車損害賠償保障法(自賠法)16条の3は自賠責保険の保険金等は国土交通大臣等の定める支払基準に従うべしとし、これに基き金融庁・ 国交省共同告示の「自賠責の支払基準」(正式には、自動車損害賠償責任保険の保険金等および自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準)が制定されました。
 従って、自賠責保険の保険金の支払いは全てこの「自賠責の支払基準」に従う必要があります。 後遺障害の程度を認定して賠償金を支払うことについては、「自賠責の支払基準」は「等級の認定は原則として労働者災害補償保険における障害の 等級認定に準じて行う。」としました。自賠責ではこれを根拠に労災の認定基準を使用しています。
 ところが、自賠責は高次脳機能障害については、私的団体の「報告書」を取り入れて、労災とは異なる基準で運用しています。 これは上記の告示に従うべしとした自賠法に明らかに違反します。告示以外のものを取り入れています。
 但し、自賠責の側としては、「その『報告書』を自賠責で取り入れているわけではない。『報告書』を取り入れた 『青い本』が宣伝している認定基準も自賠責とは無関係である。自賠責はあくまでも労災と同じ基準で判断している。」との反論もありえそうです。
 しかし、実質的に『報告書』や『青い本』の見解を取り入れて、自賠責が労災とは異なる基準で運用されていることは公知の事実であり、 「脳外傷による高次脳機能障害」という労災では用いられない特殊な概念を用いていることも事実です。以下では、労災と自賠責の等級認定基準を述べます。


エ 労災の認定基準

 労災の認定基準は上記のとおり、4能力の喪失の程度を評価することです。 労災手続では労災病院の医師が関与することとなっていることや、他の後遺障害よりも手厚い手続があるため、 自賠責よりも適切な後遺障害等級が認定されやすいと言えます。


オ 自賠責の認定基準

 これに対して、自賠責では労災では要求されない、①事故直後の意識障害が要求されます(法律違反ですが)。 ②脳の器質的病変を裏付ける画像は労災でも要求されますが、自賠責ではその画像が限定されるなどの厳格化があるようです。
 また、自賠責では「脳外傷による高次脳機能障害」であるかどうかが判断対象となる点が異なります。
 つまり、労災では被災者の主治医や労災病院の医師が認めた症状が存在することが前提となり等級認定がされます。 これに対して自賠責では、被害者にどのような症状が存在するかどうかはひとまずおいて、その症状が「脳外傷による高次脳機能障害」であると 認められるかどうかだけを判断します。
 なお、自賠責では診断の適否は判断しません。医師ではない素人が判断すると医師法違反の犯罪となるからです。 自賠責では高次脳機能障害であるかどうかを判断せずに、「脳外傷による高次脳機能障害」であるかどうかを判断します。 この点は自賠責では巧妙な言い回しとなっているので、高次脳機能障害の有無を判断していると誤解している裁判例や弁護士も非常に多いです。


カ 交通事故事案の特徴

 労災と自賠責の等級認定が異なる場合は、ほぼ全てが労災の等級認定のほうが重くなっています。 事故直後から重い症状が出ていてそのまま後遺障害となった場合は自賠責でも重い後遺障害が認定されます。
 一方で、『報告書』や『青い本』の述べる①事故直後の意識障害、②明白な画像所見がない場合、③事故後に症状が悪化した事案は、 重い後遺障害が残った事案でも、極端に低い後遺障害等級とされるか、非該当とされる事案が多く発生しています。


キ 裁判例への考察

 裁判例からは、自賠責が労災と異なる認定基準の部分の後遺障害等級がそのまま極端に低い後遺障害等級となっていることが多いことが確認できます。 要するに、損保が訴訟で後遺障害を否定したい事案を、あらかじめ自賠責でも否定しているというマッチポンプの関係です。 一方で自賠責の後遺障害等級を訴訟で否定する裁判例も多いです。
 なお、事故直後に意識障害が必須であるとの医学的な証拠は全くありません。画像所見についてもSPECTやPETなどの先進の精密機器の検査結果を 除外する理由はありません。もとより、全ての事象を考慮して「症状が現実に存在するかどうか」を判断することが重要であり、それが確認できれば画像は不要です。 また「医学の高次脳機能障害」で説明できる症状については、意識障害も画像所見も当然に不要となるはずです。
 よく用いられる「治療をすれば改善するはず、ゆえに事故後に悪化することはあり得ない」とする理屈(悪化否定論)は、 「頭部の怪我は事故後数年して悪化することがある。」という一般的な知識とは正反対です。しかし、医者の名義の意見書で力説されると 悪化否定論を信じてしまう裁判官が非常に多いのが現実です。悪化否定論については脊髄損傷のところでも述べました。
 裁判例では、「行政の高次脳機能障害」の認定基準(労災基準ではなく、『報告書』や『青い本』が述べる脱法基準)に当てはめて、 高次脳機能障害ではないとしているものが多数を占めます。そのため高次脳機能障害を「発症していない」との誤った表現を用いるものが非常に多いです。 (医学および行政の)高次脳機能障害は疾患ではないので「発症」することはあり得ません。「体温37度を発症した(り患した)」と言わないのと同じです。 しかし、「疾患Rを発症した。よって、疾患Rの症状が出現する」との騙しの理屈に騙されると、診断の否定で症状を否定する騙しの理屈に誘導され、 この表見を用いることになります。
 また、自賠責が極端に低い後遺障害等級を出せば裁判官はそれを重く見るというのが実務でのすう勢です。 自賠責が極端に低い後遺障害等級とした事案のほほ全ては訴訟でも被害者敗訴となっています。 そこで、ある程度の後遺障害等級が取れていて被害者側に不利な事情(うつ病の既往歴、職を転々としているなど)がある場合には、 訴訟で等級が下げられるリスクもあるため、考慮を必要とします。
 もちろん、精神疾患の既往歴も、職を転々としていることも、後遺障害と直接関係しませんが、裁判官が非常に重くこれを評価している事案が目立ちます。 裁判官はその意味では差別的思考が強いと言えます。


ク 当事務所の成果

 当事務所では、高次脳機能障害の事案は数件受任しましたが、訴訟となったのは2件のみで、 いずれも上記の自賠責が極端に低い等級として争いになる事案とは異なります。 1件は加害者側が上記とは異なる医学的主張をしましたが、いずれも適切な金額での解決となりました。


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