弁護士による交通事故ブログ (転載禁止)

法的根拠のある認定基準は存在するのか?

要約

 弁護士や裁判官の間には「12級以上とされるためには、他覚的所見が必要である」との考えが広く流布しています。その内容を述べる書籍も多く出ています。
 しかし、法的に厳密に検討したならば、訴訟でも自賠責でもそのような縛りはありません。自賠責では被害者の傷害に関する全ての資料を参照して合理的に正しい後遺障害等級を導くことが求められています。自賠責の規則は裁判所を拘束しないため、いずれにせよ裁判所は自由心証主義に従い、傷害に関する全ての資料を参照して、「被害者の障害の程度」を判断することが求められます。
 なお、裁判所が被害者の後遺障害等級を認定することは必須ではありません。「被害者の障害の程度」を金銭評価するに際して自賠責の後遺障害等級システムを参照することが合理的である場合にそれを用いることは構わないというに過ぎません。


1 法的根拠の探求

 自賠責保険の後遺障害認定で認定基準が問題となるのは多くの場合以下の2つの等級です。

【後遺障害等級表】(自賠法施行令の別表より)

  • 12級12号「局部に頑固な神経症状を残すもの」
  • 14級9号「局部に神経症状を残すもの」

 上記の等級認定は、①どのような資料をもとに、②どのような基準で行なわれるのでしょうか。この問題は多くの著書で述べられていますが、法的根拠から論理的に述べている著書は見当たりません。そこで以下ではこの点についての私見を述べます。


2 法律(自動車損害賠償保障法)

自賠法16条の3(平成13年の改正による追加条文)

  1. 保険会社は、保険金等を支払うときは、死亡、後遺障害および傷害の別に国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める 支払基準(以下「支払基準」という。)に従ってこれを支払わなければならない。
  2. 国土交通大臣及び内閣総理大臣は、前項の規定により 支払基準 を定める場合には、公平かつ迅速な支払の確保の必要性を勘案して、これを定めなければならない。これを変更する場合も同様とする。

 上記の「保険会社」とは「責任保険の保険者」(自賠法6条1項)、すなわち自賠責保険を引き受けている損保です。損保が自賠責の保険金を支払うに当たっては支払基準に従うものとして、その支払基準の制定を行政に委任しました。
 支払基準の制定を行政に委任したのは、専門的な分野についての細かなことを法律で定めることは適切ではない からです。また、法律で定めると細かな改正のためにいちいち法律改正の手続が必要になります。 この「支払基準」は、自賠責で支払われる全ての保険金の算定根拠になるので、後遺障害の認定基準も含みます。
 法律の委任に基づいて行政が制定する構造(委任立法)からは、「支払基準」は法律レベルの問題です(通達より上位)。但し、「支払基準」は自賠責の手続でのみ拘束力があります。当事者が自賠責に対して保険金を請求する訴訟の中でさえ裁判所は「支払基準」に拘束されません(最高裁平成18年3月30日判決、最高裁平成24年10月11日判決)。


3 「自賠責の支払基準」(金融庁・国交省告示)

 自賠法に基づいて「自賠責の支払基準」が制定されました。正式には「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年12月21日金融庁・国土交通省告示第1号、平成22年3月8日改正金融庁・国土交通省告示第1号)といいます。
 自賠責の支払基準」では例えば「慰謝料は1日4200円」などの具体的金額が定められています。「自賠責の支払基準」は自賠責が支払う全ての保険金が算定できる内容でなければならないところ、肝心の後遺障害の認定基準は定められていません。


4 労災の基準の準用


  1.  後遺障害の等級認定については、「自賠責の支払基準」の中で「等級の認定は、原則として労働者災害補償保険における障害の 等級認定に準じて行なう。」とされました。自賠責ではこれを根拠に労災の認定基準を使用しています。労災の認定基準は、 それを定めた法律(または法律に基づいた告示など)が存在するわけではなく、多数の通達により定められています。
     なお、自賠責の後遺障害等級表は自賠法施行令の別表が用いられます。内容は労災とほぼ同じで、自賠責が介護を要する後遺障害を区分している点にのみ違いがあります。
     自賠法に基づいた告示の制定前は、自賠責が労災の認定基準を参照することの法的根拠は不明瞭でした。なお、平成13年の改正で政府再保険が廃止される前は国が支払案件の全件チェックをする前提で、 自賠責保険を引き受けている各保険会社に支払基準のガイドラインとなる通達を出していました。
  2.  自賠責が労災の通達を流用することには問題もあります。自賠法16条の3は「支払基準」の制定を法律レベルに引き上げて各大臣に委任し、これにより告示が出されました。労災の認定基準を流用し、通達(法律より下位)で「支払基準」が定められてしまっては、自賠法の趣旨に反します。
     自賠法16条の3が制定される以前には「自賠責の支払基準」に相当するものが国交省から各保険会社への事実上の通達でなされていたのが、法改正で告示になった経緯もあります(北河他『逐条解説自動車損害賠償保障法』初版136頁、同第2版149頁)。通達での「支払基準」の制定をやめるべく自賠法16条の3が制定されたにも関わらず、「支払基準」の骨格となる後遺障害認定基準を労災の通達に丸投げしてしまっては立法の趣旨を損なうものと言わざるを得ません。
     労災と自賠責で後遺障害認定基準が異なることは望ましくありませんが、現実の問題として両者の制度設計は異なります。ことに労災の後遺障害認定に対しては、最終的に訴訟で争うことができます(取消訴訟では原処分の適否が判断対象となります)が、自賠責の後遺障害認定それ自体に対して司法が判断を下すことはできません。即ち、裁判所では「自賠責では~と判断するべきであった」との判断は下されません。
     私は自賠法16条の3の趣旨からは自賠責独自の後遺障害認定基準を告示で明確にする(もしくは労災の後遺障害認定基準を通達から告示に変える)べきであると考えます。しかし、通達の流用について表立って異議を述べる人はいないようです。
  3.  労災の通達について  労災での後遺障害等級の認定基準に関しては多数の通達があり、『労災保険法解釈総覧』に網羅されています。これらの通達をもとに編纂された『労災補償障害認定必携』(以下では『必携』といいます)が後遺障害認定基準を述べています。
     なお、「多数の通達を取りまとめて公的な見解を述べる権限」は『必携』の編纂者にはありません。労災や自賠責の実務は通達に従って行なわれているのであって、『必携』に基づいているわけではありません。そもそも後遺障害認定基準の解説書であるならば、通達の原文を引用して、その解釈を述べる形式にしないと、通達と解釈が区別できません。『必携』はこの点に難があり、厳密に調べるならばいちいち通達を読んで確認する必要があります。
     但し、『必携』は概ね通達の趣旨に沿った編集がなされているようであり、実務でも広く参照されているため、以下では『必携』も参照して労災の後遺障害認定基準を述べます。


5 労災保険での後遺障害認定基準

労災保険の後遺障害等級表(労働者災害補償保険法施行規則の別表第1)の表現は以下のとおりです。

★後遺障害等級表

  • 12級12号「局部に頑固な神経症状を残すもの」
  • 14級9号「局部に神経症状を残すもの」

 上記の表現を解釈・運用するに際して、何らかの指針が必要となります。この点については以下のとおりとされています。
 なお、①上で紹介したのは「後遺障害等級表」です。②これから引用するのは「認定基準」です。さらに、③「認定基準の解説」が存在します。このうち②と③が通達や『必携』に記載されています。この3つを混同しないように注意が必要です。


★神経系統の機能又は精神の障害(原則)

  • 12級:通常の労務に服することができ、職種制限も認められないが、時には労務に支障が生じる場合があるもの
  • 14級:12級よりも軽度のもの

 通達の文言がそのまま『必携』に記載されています。現在の認定基準では上記の原則的基準が冒頭で述べられ、各論部分でこれを具体化する認定基準が述べられています。

各論の構成は以下のとおりです。

【各論】
1 脳の障害
 ア 器質性の障害
 (ア)高次脳機能障害
 (イ)身体性機能障害
 イ 非器質性の障害(非器質性精神障害)
2 せき髄の障害
3 末梢神経障害
 ア 外傷性てんかん
 イ 頭痛
 ウ 失調、めまいおよび平衡機能障害
 エ 疼痛等感覚障害
 (ア)受傷部位の疼痛及び疼痛以外の感覚障害
 (イ)特殊な性状の疼痛
   カウザルギー、反射性交感神経性ジストロフィー


上記のうち、3エ(ア)の「疼痛等感覚障害」の認定基準は以下のとおりです(通達の文言が『必携』に記載されています)。
★(ア)受傷部位の疼痛及び疼痛以外の感覚障害

(疼痛)

  • 12級の12:通常の労務に服することができるが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支えがあるもの
  • 14級の9 :通常の労務に服することはできるが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの

(疼痛以外の感覚障害)
 疼痛以外の異常感覚(蟻走感、感覚脱失等)が発現した場合は、その範囲が広いものに限り、14級の9に認定することとなる。

 以上のとおり、実務で非常に多く問題となる「疼痛等感覚障害」は労務への支障の度合いにより判断されます。平成13年告示(自賠責の支払基準)によれば、自賠責ではこの認定基準を流用することになります。但し、労災と異なり労働者が前提とならない 自賠責では「後遺障害が労働や日常生活に影響する度合い」を判断することになります。
 この抽象的な表現のみで後遺障害等級を判断することは困難であるようにも見えます。実際にも、この認定基準は具体的とは言えないとして、法的根拠のある具体的基準は存在しないとする書籍が散見されます。しかし、具体的基準が存在しないとすると、自賠法16条の3で「支払基準」を制定するように命じられたのに、行政が違法にそれを怠ったことになるので、この解釈をすることは穏健ではありません。
 私は、平成15年の後遺障害認定基準の改正は、改正前の認定基準との比較により、相当程度具体的な認定基準を読み込むことができると考えています。そこで次項では平成15年の改正前の認定基準を検討します。

(上記内容は2018年8月7日に私のブログに掲載したものと同じです)


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