判例解説 (転載禁止)

重症化した左上肢RSD を5級6号と認定(H17.6.24)

  1.  甲府地裁平成17年6月24日判決(裁判所HP、「RSD」で検索)  この事件では、左上肢RSDが問題となっています。  この事案の特徴は、①症状がかなり重症化していること、②RSDのなかのABC症候群であること、③骨萎縮、筋萎縮も重度であること、④それでも加害者側はRSDを否定する医学意見書を提出していること、⑤5級6号という高い後遺障害等級を認めたこと、⑥横断歩道上の事故で被害者に5%の過失を認めたことなどです。
    1. 症状の経過
    2.  被害者は事故時33歳の男性(会社員と思われる)です。被害者は平成13年11月22日に横断歩道を自転車で走行していて事故に遭います。
      • 事故当日・・・E病院で左肩脱臼、左肩関節炎の診断を受け、この病院に4回通院する。
      • 6日後・・・F整形外科で左肩関節脱臼、腱板損傷、左腋窩神経損傷の診断を受け、20日間入院する。
      • 1か月後・・・そのままD整形外科に207日間入院し、その後通院。左肩関節亜脱臼(腱板損傷)、左腋窩神経麻痺、外傷後反射性交感神経性ジストロフィーとの診断を受ける。被害者は、この間に、G病院、H温泉病院、I温泉病院、Jペインクリニックに通院。
      • 9か月後・・・症状固定とされ、左肩反射性交感神経性ジストロフィー(ABC症候群=逆転性C繊維興奮症候群)と診断される。後遺障害診断書では、左上肢全体に筋萎縮著明、左上肢各関節拘縮著明、左上肢硬直位とされ、X線上左肩上腕骨の骨萎縮著明とされる。
    3.  以上のように、被害者は事故後にかなりの速さで症状が進行していき、1か月後にはRSDと診断され、9か月後には症状固定との診断を受けています。この時点で肩関節の可動域が全方向に0度とされるなど、左上肢に非常に大きな可動域制限が出ています。皮膚の色調の変化などもはっきり出ていたようです。  このように明らかに重症化したRSDの症状が生じているため、RSDとの診断に問題はない事案です。それでも加害者側はRSDではないとして、積極的に争っています。
    4.  ABC症候群  被害者は、RSD(CRPS)のなかでもABC症候群(逆転性C繊維興奮症候群)と診断されています。これは「Angry backfiring C‐nociceptor syndrome」の略で、「感受性が増加した、興奮性の増強した」、「逆行性伝導」、「C侵害受容器(繊維)」となり、「異常に興奮したC侵害受容繊維が末梢で逆行性伝導を起こして発生する疼痛症候群」とされます。  この症例は、一般的には交感神経ブロックは症状を悪化させるものとされています。臨床的には、アロディニアなどの神経因性疼痛、患部の血管拡張と皮膚温上昇などを伴うことが多いようです(『痛み概念が変わった、新キーワード100+α』66頁)。  CRPSでは通常は痛みの連絡を断ち切るために神経ブロックが行われますが、この症例の場合には、交感神経ブロックに効果がないどころか、逆に症状を悪化させることとなります。そのために有効な治療を施すことができず、短期間で急速に症状が進行していったようです。
  2.  筋萎縮、骨萎縮が重症であること  被害者は筋萎縮も骨萎縮もかなり重度のようです。主治医は筋萎縮が目で見て明らかなレベルであるとしていますので、かなり明確に筋萎縮が生じていたようです。  もちろん筋萎縮や骨萎縮はRSDに必須の要件ではありません。それを発症しない人が多くいるからです。もとよりCRPS(RSD)に必須の症状や検査所見がないことは医学の上では全く争いがありません。痛みが生じない症例さえあります。  但し、骨萎縮や筋萎縮が重度に生じていることは必須ではありませんが、CRPSである可能性(他の疾患ではない可能性)を高める事情であるといえます。
  3.  症状がかなり重症化していること  被害者の左上肢の可動域については、肩関節の可動域が前・後・横とも0度であり、手関節も上下に10度ほど動くのみで、肘関節はのちに少し回復して75度曲げられる状況のようです。各指も少ししか動かせないようです。従って、他の事案に比べても格段に重い非常に強い硬直が生じているといえます。判決が後遺障害等級5級6号の「1上肢の用を全廃したもの」と判断したのは、至極当然といえます。  これに対して損害保険料率算定機構は、7級4号としています。本件では左上肢の全廃(5級6号)という判断が当たり前と思われるのですが、自賠責保険の手続では、なぜか7級が上限であるかのように定められているので、算定機構がこれ以上の認定をすることはないとも言えます。
    1. 加害者側の主張
    2.  このような重症化した事案でも加害者側は、RSDではないとして医学意見書を出すなどして、かなり積極的に争っています。問題のある意見書で見られる重度の骨萎縮や筋萎縮を必要とする誤った医学意見でさえも、本件では対抗できないので、加害者側はかなり苦しい立場ですが、それでも必死に抵抗しているようです。この医学意見書を書いた人も本気でそれを信じているとはとても思えないです。 本件では加害者側の医学意見書は、基本的には証明のハードルを際限なく上げるという手法(ハードル戦法)を用いています。どんな証拠が出ても「これでは不十分」とさらなる証拠を求めるという方法です。
    3.  この被害者は骨萎縮が確認されていますが、医学意見書はX線による骨萎縮の確認が前後像ではなく不十分との主張をしています。もとより1方向で足りると思われますが、それでは不十分という方向に持っていくものです。これに対して、主治医はX線で証明されたと簡単に反論をしています。しかし、X線画像を読めない人には、主治医の診察の価値を低減させる効果がありそうです。  医学意見書は、皮膚温の低下はサーモグラフィーで確認されていないと主張します。これはサーモグラフィーがそれほど普及していないという検査器具の不備をつくという方法です。これに対して、主治医は皮膚の色調が赤褐色に変化するほどの所見であれば皮膚温の変化は明らかであり、発汗障害についても明らかで、触診で十分に判断可能であったとします。  医学意見書は、皮膚の色調の変化、浮腫、皮膚の菲薄化の証明が不十分と主張します。皮膚所見それ自体は診断した医師の主観によらざるを得ないという部分をついた論法です。これに対して、主治医はほかの複数の病院でも4名の医師が同じ診断であると反論します。  医学意見書は、筋萎縮は前腕周囲径の測定やMRIの裏づけがないとします。たしかに周囲径の測定による比較がないことを攻めるのは効果的な方法であると思います。これに対して主治医は、上肢の周径差は視診で明らかであり計測の必要はなかったとし、筋萎縮をMRIで測定する必要もないと述べます。たしかにMRIで筋組織の量的変化を確認することが最も厳密な筋萎縮の診断であると思いますが、この確認が治療で役に立つとも思えないので、わざわざ測定のためにMRIを用いる医師はほとんどいないと思います。
    4.  以上のように、加害者側の主張は、「もっと確実な証明方法がある。」と述べる程度においては誤りではないともいえます。しかし、その時点で十分に判断可能な事柄に対して、「もっと確実な証明方法があるので、証明されていない。」と主張するのは、やはり苦しい理屈であると思います。  このように重症化事案においても、加害者側が積極的に主治医の診断を争い、医学意見書が出されることが常態化していますが、このような苦しい理屈を毎回のようにわざわざ書くというのも褒められたことではないでしょう。
    5.  以下に述べることはあくまでも一般論です。仮に万が一、自分の述べることが間違っていると認識しながら、加害者側の賠償額を減らす目的で、虚偽の医学意見を述べる方がいるとした場合、それは刑事罰の対象になると思います。現実には医学意見書が有効な証拠となって加害者の賠償すべき金額を数千万円から、ときには1億円以上減らすこともありますが、意図的に虚偽の意見を述べて裁判官を騙して金銭的利益を受けようとすることは、悪質な詐欺ではないかと思います。以上はあくまでも一般論です。
    1. 横断歩道上の事故での過失相殺
    2.  被害者は、優先道路に沿った歩道を自転車で直進して、そのまま事故にあった横断歩道にさしかかります。このとき加害者の車両が横断歩道の手前で止まっていたことから、そのまま自転車で横断歩道を渡ろうとして、停止状態から進行してきた加害者の車両と衝突します。  一方で、加害者の車両は、脇道から左折して優先道路に合流しようとして、横断歩道の手前で一時停止します。このとき優先道路は渋滞していて、優先道路側の車両が「先に入りなさい」と合図を出したので、左折して優先道路に入ろうとしたところ、加害者から見て左側から進行してきた被害者の自転車が目に入らずに衝突してしまったようです。
    3.  このように優先道路に合流しようとする車両は、右側から進行してくる優先道路の車両にばかり目が行って、左側の確認を怠る(左側からは車両は来ないので)ことは、少なくないと思います。  しかし、左側から車両が来ることはなくとも歩行者や自転車が来ることは当然にあるので、横断歩道を横切るときにこの確認を怠ったことは重大な過失と言わざるを得ません。
    4.  判決は、加害者の車両が横断歩道の手前あたりにまで迫っているのを見ながら、そのまま横断歩道を進んで加害者の車両の前を横切ろうとした点で被害者にも注意が欠けていたとして、被害者に5%の過失を認めています。  横断歩道上の事故で被害者に過失を認める判決は、実は少なくないようで、この判決が特殊というわけではないのですが、やはり横断歩道を進む歩行者や自転車に過失を認めることは、できる限り避けるべきであると思います。
    5.  横断歩道を渡る歩行者や自転車運転者には、車両が来ないことを前提にして接近してくる車両に全く注意を払わず、見向きもしない方が多くいますが、このような場合には被害者の過失は認める余地はないでしょう。  一方で横断歩道であっても、右折・左折の車両が来ることを気に止める方もいますが、その車両が歩行者等に気付かずに進んでくることを常に想定に入れなければならないとすると、安易に横断歩道を渡れなくなります。  たしかに、横断歩道上であっても不注意なドライバーの犠牲にならないための自衛手段として車両への注意を怠らない方が安全ですが、それをしないことが歩行者の過失になるというのは行き過ぎであると思います。従って、本件のように横断歩道に向かって進行してくる車両があることに気が付いていたことだけで被害者に過失を認めるのは、適切ではないと思います。  例えば、道路わきの歩道を車道と同じ方向に並走していた自転車が、急に左折して横断歩道に入ってきたような場合には、車両の側からは目の前に急に自転車が飛び出してきて避けられない状況になることがあり、この場合には相応の過失相殺があり得るところですが、普通に横断歩道を歩いている歩行者や自転車に過失を認めることは正しくないと思います。 (2011年1月9日掲載)

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