判例解説 (転載禁止)

頚部捻挫から発症した右ひじRSDを肯定(22.1.28)

  1.  大阪地裁平成22年1月28日判決(自保ジャーナル1842号99頁)   この事件では、右肘のRSD(CRPS)が問題となっています。この事案の特徴は、①肘中心のRSD(CRPS)であること、②事故による外傷は軽微としながらもRSDとの因果関係を認めたこと、③加害者が自賠基準を主張したこと、④素因について加害者側に具体的な主張・立証を求めたこと、⑤弁護士費用を損害額の1割であるとして端数まで細かく計算したことなどです。
    1. 症状の経過
    2.  被害者は事故時38歳の女性です。被害者は平成15年3月6日に高速道路で渋滞のため停車していたところを追突され、怪我を負います。
      • 事故当日・・・B病院に通院。(1回のみ)
      • 事故翌日・・・C病院に通院。(3月末まで25日間ほど)
      • 約8日後・・・A病院に通院。(その後主治医となる)
        判決の記載は簡潔でいずれの病院も病名等の詳細は不明ですが、これは簡潔にすぎます。被害者は事故直後に事故現場から近いと思われるB病院に通院し、翌日からC病院に移っています。判決の概要からは当初は頚椎捻挫のようであり、重い後遺症を残すような診断ではなかったようです。
      • 約1か月後・・・4月4日から18日間A病院に入院する。
        被害者は痛みが強くなったことから入院したようです。判決は「4月ころには、原告の右腕の付け根辺りに発赤が認められるようになり、その後、青白く変化するなど色調の変化が認められ、筋肉がやせ細ったような状態となり、その後も同様の状況が継続している。」と認定しています。
      • 約4か月後・・・判決は、この頃から被害者の右肘にむくみが認められるようになったとし、右ひじの曲げ伸ばしが困難となったとします。
      • 9か月後・・・A病院の医師により平成15年12月29日にRSDとの診断が下される。平成16年2月2日、同年6月4日にもRSDであると診断される。
      • 1年2か月後・・・A病院の医師により後遺障害診断がなされる。自覚症状として右肘部にむくみ及び自発痛があり、物に軽く触れても痛みを伴う。
        被害者は、右肘には現在にいたるも激しい痛みが続き、物に触れただけでも患部に痛みを感じる状況で、毎日痛み止めの薬を服用しているようです。右腕は筋力が低下し、包丁を強く握れないなど、家事にも多大な支障が生じているようです。
      • 5年10か月後・・・A病院の医師により、レントゲンにより右肘部分に上腕骨骨頭内側萎縮壊死が認められると診断される。
        以上のとおり、現在の国内外の診断基準ではCRPSと診断されることに特に問題はない事案です。
  2. 自賠責保険の後遺障害認定手続について  自賠責保険は14級10号に該当すると認定しています。本件の経過からはあまりにも低い認定ですが、RSD事案においては主治医がRSD(CRPS)と診断しても、判例で確認できるものの大多数はRSDではないとする認定をしています。  この事件でもRSDに該当しなかったとの判断をしたため、14級10号となったようですが、判決からはその詳細は不明です。自賠責保険の認定が被害者の実情を無視したものとなることは多く見られます。
    1. RSD(CRPS)の診断基準
    2.  自賠席保険の3要件基準  加害者側は、自賠責保険の3要件基準を主張しています。これは医師による意見書によってなされているようです。自賠責保険の3要件基準は、①関節拘縮、②骨の萎縮、③皮膚の変化を必須としますが、これはRSD(CRPS)の診断基準としては誤っています。  なお3要件基準の解説書ではこの基準は医学的な診断基準ではないとされていますが、3要件に当てはまらないと自動的に12級以下とされるので、実質的に診断基準として機能していることは否定できません。  CRPS(RSD)に必須の症状がないことは古くからの定説で、これを否定する医師は存在しません。国際疼痛学会や日本、アメリカなど世界の医学会は4主徴のうち2個を満たせば良いとする判定指標を採用しています。従って、3個の症状を必須とするこの基準は論外です。  本件では、上の経過からは3個とも満たすと考えられますが、加害者側は③のみ満たすとの主張をしたようです。②については肘部の骨の壊死を無視し、①については関節拘縮は詐病との主張をなしたようです。この種の医学意見書は判例の上でも頻繁に見られます。
    3.  判決はCRPSの判定基準について述べず、主治医が繰り返しRSDとの診断をしていることを述べて、端的にRSDであると認定しています。これまで検討した判決のほぼ全部でRSDの診断基準についての一般論を述べ、それを事件にあてはめていましたが、本件ではその論理構造となっていません。  たしかに、医師が重病患者について誤信をする確率は非常に低く(私は概ね1万分の1以下と考えています)、重症を訴える患者について医師が再三にわたって下した診断はそれだけで正しいとの推測が非常に強く働くように思われるので確率論的にはこれでも良いかもしれません。確率論的には毎回のように詐病や誤診の主張をする加害者側の意見に耳を貸さないほうが、正しい結論に至る可能性は格段に高くなるとは思います。  これまで検討した判決には、厳しい基準を用いるほうが厳格な判断ができるとの誤解のもとに、RSDについて学会の基準を無視した非常に厳しい基準を導入する方向に向かうものが少なからずあります。従って、医学の素人である裁判官が医学基準を認定して事件にあてはめるよりも、端的に臨床医の診断に従うというのも1つの考えかもしれません。ただ、私は医学的な争点についても、できる限り踏み込んで認定をする努力を怠らないことは大切であると思います。
    1. 素因について
    2.  加害者側は、被害者はRSDではなく治療の長期化には被害者の心因的素因が2割ほど影響しているとします。その根拠として被害者が神経症の薬であるデパスを服用していることを指摘します。また、RSDであるとすれば、心因的な素因が5割影響しているとの主張もなしています。これは医学意見書に基づくものと思われます。
    3.  これに対して、判決は「素因がどのように原告のRSDの発症に影響したのかについて主張ないし立証がない。」と簡単に述べて否定しています。   事実認定について当然のことを述べたに過ぎないとも言えますが、私はこの部分は優れていると思います。  素因を認定した判決のほぼ全部は、①どのような具体的素因が、②どのような具体的な影響を及ぼしたのかを認定していません。素因を認定した判決の大半は、被害者に何らかの精神的な問題があるとの事実を懲罰的ないし差別的観点から素因として、RSDの発症や悪化との具体的な因果関係を明らかにしないまま素因減額を行っています。  本来であれば、心因的素因であれば素因となる具体的な精神的状況を具体的な精神疾患の名称により特定し、その特定された精神疾患がCRPSの発症の原因となることを統計などにより示さなければならないはずです。医学的には素因によりCRPSが発症するとの考えは否定することが世界的にも圧倒的な通説です。  これに対して、何らかの精神的な問題がCRPSの発症や悪化に影響を及ぼしたはずであるという感覚的な根拠により素因を認めるものが判決ではほぼ全部です。そのなかには、「RSDという特殊な疾患を発症する者は特殊な身体的・精神的素因があるはずである。」との差別的な見方をうかがわせるものも少なくありません。
    1. 弁護士費用について
    2.  判決は、被害者の損害残額の1割を弁護士費用として、1円単位まで細かく認定しています。弁護士費用については、通常は1割ほどとされているところ、損害額が大きい事件や簡明な事件においてはこれよりも低い割合とされることもあります。他の事件の判決では10万円以下や100万円以下の端数をなくした金額とすることが多く見られます。したがって、この判決のように弁護士費用を1円単位まで認定することは珍しいと思います。
    3.  これに対しては明確で良いという感じもしますが、1円単位まで細かく弁護士費用を認定する判決はまれであるため、違和感もあります。  事件の難易度や認容金額の違いを考慮せずに全て一律にこの1割基準を用いることには抵抗がありますが、一方で裁判官が事件の難易度などを考慮してその場ごとに判断したからといって必ずしも妥当な金額になるとも言い切れないとも言えそうです。1割基準で決めてよい場合には1円単位まで計算するというのも1つの考え方かもしれません。
  3. その他  この判決はかなり簡潔で事案の詳細について不明な部分が多々あります。被害者の症状の経過の詳細、被害者の後遺障害の詳細、CRPSの診断基準とそのあてはめなど記載が大幅に省略されています。  また、被害者の主張する後遺障害も等級(9級)しか記載していないため、関節可動域制限などの機能障害であるのか、痛みなどによる精神・神経の障害であるのか不明です。判決では「服する労務が相当な程度に制限されており、9級10号に相当する」と認定していることから、被害者の主張も9級10号であろうか、という程度でしか知りえません。  この判決は控訴されずに確定しており、私も判決の結論は妥当であると思いますが、それはこの判決が結論を導くために都合の良い部分だけをつまみ食い的に判決に引用しているために、そのように見えるだけかも知れません。  簡潔な判決で敗訴を言渡された側は、「こっちが最重要として主張していた部分がごっそり省略されている。」と不満を持つことが多いのではないかと思います。従って、判決では事件の骨格となる部分(本件では症状の経過、後遺障害の詳細、後遺障害等級の主張とそのあてはめなど)についてはもう少し詳しく書いた方が良いと思います。 (2011年9月5日掲載)

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