判例解説 (転載禁止)

温熱療法を否定された左下肢RSD(17.11.25)

  1. 名古屋地裁平成17年11月25日判決(自保ジャーナル1635号2頁) 判決は抜粋ですので、症状の経過などの詳細は不明です。  この事案の特徴は、①事故1か月半後という早期にRSDと診断されたこと、②入浴施設のある特別室への入院が争点になったこと、③自賠の3要件基準が広まる前の事案であること、④後遺障害診断書の症状固定日を否定して早期の症状固定を認めたことなどです。
    1. 症状の経過
    2.  被害者は事故時45歳男子中古車販売業代表者です。被害者は平成12年5月21日に出会い頭の衝突事故に遭います。判決は抜粋のため治療経過等の詳細は不明です。  被害者は、事故直後から非常に強い痛みを訴えていたようであり、事故の1か月半後という早期にRSDとの診断を受けています。平成18年以前の判例では1か月半という早期にRSD(CRPS)との診断を受けた事案は少なく、事故から2、3年後にようやくRSDとの診断を受けたという事例がしばしば見られます。  判決によれば、被害者は事故直後から左下肢に強い疼痛を訴え、徐々に症状が悪化し、左下肢の発汗消失、冷感、熱感、サーモグラフィー検査で左右に温度差が認められ、骨シンチグラフィー検査では左下肢で集積が認められたとされています。従って、被害者がCRPS(RSD)であることは問題がないと思われます(それでも恒例行事のごとく加害者は争っていますが)。
    3.  被害者は、事故3週間後の平成12年6月21日から12月31日まで半年ほど入院しています。自営業の経営者が入院して事故後半年も仕事ができない状況ですので、相当に重い症状であったと推測できます。  被害者は、左下肢の痛みを訴え、入院に際しては入浴により体を温めると痛みが和らぐとして入浴施設のある部屋を希望したところ、入浴施設があるのは1日あたり3万1500円高くなる特別室しかないということで特別室に入院します。
    4.  被害者の症状は平成13年になると落ち着いてきたようであり、強い痛みは続いていたものの、症状の悪化も改善もほとんどなく、こう着状態になっていたようです。判決ではこのことを理由に平成13年4月18日に症状が固定したと判断しています。  しかし、被害者は酷い痛みのため仕事にはほとんど復帰できなかったようであり、症状の改善を望んでそのまま治療を続け、平成14年11月12日に症状固定となります(しかし、上記のとおり判決では症状固定時が1年7か月早められています)。  症状固定時の傷病名は反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)、自覚症状は「左下肢、特に下腿の疼痛と冷感」、他覚症状等は、「左臀部、左大腿、左下腿諸筋の筋緊張低下、左下肢発汗消失、左下肢、特に下腿の皮膚温低下、骨シンチグラフィーにて左下肢で集積亢進を認める。」とされています。
    1. 特別室への入院
    2.  被害者は事故後半年ほど入浴施設のある特別室に入院しています。被害者は入浴により体を温めると痛みが和らぐことから、入浴施設のある部屋への入院を希望したところ、入浴施設のある部屋は特別室しかないことから特別室に入院することになったようです。  CRPS(RSD)の患者のなかには体が冷えると痛みが強くなる人がいることは医学的にも認められており、クーラーの冷風にさえも強い痛みを感じる患者もいます。従って、入浴により体を温めることにより症状が和らぐという被害者の訴えは事実であると思います。
    3.  TRPチャネル  医学的には、侵害刺激の温度に反応するTRPチャネルの存在が知られており、43度以上で活発化するTRPV1、8~28度で活性化するTRPM8、17度以下で活性化するTRPA1などが知られています。このほかにも種々のTRPチャネルがあります。これらのイオンチャネルが活性化すると、自由神経終末内にカリウムなどの陽イオンが流入してインパルスが発生し、痛みとして感知されることになります(詳しくは『痛み研究のアプローチ』146頁、『麻酔科学レクチャー』2巻4号592頁、『臨床整形外科』42巻6号541頁、『難治性疼痛の薬物療法』106頁などに記載があります)。  このように痛みが温度変化に関連することは医学的にも証明されているので、被害者が入浴施設のある部屋に入院して、体温を一定以上に保持しようとしたことは理由のあることです。
    4.  温熱療法  しかし、判決は病院側で被害者に対して入浴の時間や回数、温度などを指示した事実はないとして、その必要性を否定しています。病院は温熱療法としての細かい指示はしていなかったようです。そこで判決は、温熱療法という治療を行うわけでもないのに、1日3万1500円も高くなる特別室が必要であるとは認められないという結論に至っています。  温熱療法の有効性については、二重盲検法に基づいた明確な証拠はないとしつつも、CRPSの患者にはこれを積極的に導入してすべての患者に行っているという医師もいます(『オルソペディクス』18巻6号・05年6月23頁)。  温熱療法には、①42度前後の湯と10~15度の湯に交替に患部を浸す交代浴と②単なる温浴や③渦流浴などの方法があり、浴槽に入浴剤や自然塩をいれるなどのバリエーションもあるようです。患者に自宅での温熱療法を指示することもあるようで、患者が自宅でも行える自由度の高い治療法のようです。  細かな条件のある交代浴にしても温度が患者に合わなければ、適宜変化させても良いようです。交代浴により劇的に症状が改善した例が紹介されているもの(『整形・災害外科』45巻13号、02年12月1337頁)もありますが、二重盲検法を経ているわけではないので交代浴だけの効果とは言い切れないようです。単なる温浴の方が効果が強い人もいるという報告もあり、ケースバイケースのようです。単なる温浴としての温熱療法は、約42度のお湯に体を浸す(入浴剤や自然塩を適宜入れる)というもので、普通の家庭での入浴と外形は同じです。つまり、外形的には温熱療法と入浴とを区別することはできません。
    5.  判決は、この温熱療法がこの事件の被害者に用いられたのであれば、それに付随する医師からの細かな指示などの記録が残っているはずであるが、それがないのであれば温熱療法は行われていたとはいえず、特別室の必要性は認められないとしました。判決は温熱交代浴を念頭において、いやしくも治療と称するのであれば医師が温度や温水に患部を浸す時間などの細かな指示を与えて、それを看護日誌などに記載していなければならないとの考えたようです。  体が冷えると痛みが増し、入浴で痛みが軽減するという理由だけで特別室を認めることは過剰な出費を加害者に強いるということで、判決は「正規の治療」のハードルを高くしてしまいました。  しかし、上記のとおりCRPS(RSD)患者において温度に敏感に痛みが生じる例があり、温度変化により痛みが関連することは医学的にも証明されていることであって、被害者が「痛みが上まで響いてくる。ふくらはぎがもぎちぎられるような感じ。」であるとして激しい痛みを訴えていたことに鑑みると、その痛みを抑えるために入浴施設のある部屋に入院して、痛みが生じたときには随時入浴して疼痛を緩和することや疼痛を予防することができるという重要性があることからは、その程度において特別室は必要であったと言えます。  また、温熱交代浴よりも単なる温浴の方が効果が強い患者もいることや、温熱療法には多くのバリエーションがあり患者が自宅でもできるとされているように自由度の大きな治療法であること、単なる温浴は普通の入浴と外形はほぼ同じであることからは、医師による細かな指示により管理されたものだけを温熱療法とする判決の前提には誤りがあります。  RSDにおいては早期の治療が重視されていることに鑑みても、事故後早期の入院において特別室での入院が疼痛の抑制に役立ったといえるのであれば、それは「無用なぜいたく」であるとは言えないと思います。以上から、私はこの費用を加害者が負担することとなっても、とくに不合理とは思いません。
    6.  なお、病院側は温熱療法としての細かな手順を指示してそれを記録化していないにも関わらず、被害者の入浴を温熱療法と理解しており、診断書には「温熱療法施行。温熱療法は主に入浴であり、疼痛に対し、著効を示し、随時必要とした。そのため随時入浴可能な病室を必要とした。」との趣旨を数回にわたり記載していたようです。  病院側は、RSDという疼痛を主とする疾患において随時の入浴で疼痛が抑制されるならば、患者の自由度の高い入浴であっても治療としての温熱療法であるとの考えで、実際にも温熱療法を施行したという認識で診断書に温熱療法と繰り返し書いていると思います。  実際の医療現場ではこの病院側の考えは特別に変わったものであるとも思えません。温熱療法は基本的にはそれだけで決定的に良くなるという治療ではなく、これにより患者に日常的に持続している疼痛とこれに因るストレスを緩和させて、他の治療の効果を高めようという形で、治療の背景的な部分に位置づけられるものであるので、判決のように温度や入浴回数などの厳格な管理がなければ温熱療法ではないとすることは、現場の実態に合わないと思います。  これに対して、判決からは、「被害者の言いなりになって被害者に無用なぜいたくをさせた病院が、泥縄的にそれを温熱療法として肯定しているに過ぎないのではないか。」とのニュアンスが感じられます。判決からは、温熱療法ではないとして特別室への入院費(約640万円の増加)を否定されれば、病院側は治療費の回収が困難となるから、やってもいない温熱療法を診断書に記載したのではないかという懐疑も感じられます。  判決は温熱療法を医師による細かな指示と管理のもとで行われる治療に限定するという定義レベルでの誤りに陥ったために(これは加害者側の医学意見書に基づくものかもしれませんが)、本件での温浴を当然のように治療とみなしていた病院の意識と乖離してしまい、病院が患者に迎合して虚偽内容の診断書を繰り返し書いたとの見方に流れていったようです。  しかし、病院側が繰り返し虚偽内容の診断書を作成したことになる結論になることが分かった時点で、その前提をもう少し検討すべきであったように思います。
    7.  このように正規の診断書に対しても、判決の結論に反するものについては「患者からの何らかの圧力により医師が患者に迎合した。」とのニュアンスでこれを否定してしまった判決はこれまでにもしばしば見られたものです。これは証拠の読み替えです。都合の悪い証拠に対して、特別の事情を付加してその証拠を否定しようとする確証バイアスと言えそうです。  特に患者の(実質的な)詐病を誤って認定した判決においては、「医師が患者に迎合して心ならずも虚偽の診断をした」とのニュアンスで診断を否定することが多く見られます。このような穏当でない証拠の読み替えをする結論に至った場合には、その前提をもう一度検討しなおしたほうが良いと思います。
    1. RSDの該当性
    2.  上記のとおり、本件がCRPS(RSD)であることには特に問題はありません。本件は自賠責保険の3要件基準が制定される以前の事故で、平成15年8月8日に通達された3要件基準はこの訴訟では反映されていないようです。実務で加害者側から3要件基準に基づいた主張がなされた事案の判決が出始めたのはこの判決の出た頃からです。  すでに他のところで何回も述べましたが、CRPSの最大の特徴は特有の症状がないこと(必ず生じる症状が1つたりともないこと)であり、このことは世界中の医学者が認めている定説であり、ごく基本的な常識です。  しかし、3要件基準は、①関節拘縮、②骨の萎縮、③皮膚の変化(皮膚温の変化、皮膚の萎縮)という慢性期の主要な3つのいずれの症状も健側と比較して明らかに認められる場合にかぎり、カウザルギーと同様の基準により、7級、9級、12級に認定するというものです。
    3.  この3要件基準は労災や自賠責においても「RSDかどうかを判定する基準」ではありません。労災や自賠責では「3要件基準を満たさないRSD」が存在することが前提となっており、それは12級以下の等級とされるというのが3要件基準の趣旨です。  もちろん3要件を満たすかどうかと後遺障害の重症度は相関しないので、この3要件基準は誤りというほかありません。何ゆえ被害者に不利にしか働かないこのような基準が制定されたのか、理解に苦しみます。  一方で、訴訟では加害者からこの3要件基準がRSDの診断基準であるという誤った主張がなされることが常態化しており、その結果、「3要件基準を満たさないのでRSDではない」との誤った論理を述べる判決も少なからず見られます。
    4.  3要件基準が訴訟で主張される以前は、被害者の症状を全体として検討するほかないため、それ以後の判決よりも実質的な考察がなされているものが多いと思います。本件においても、被害者の症状を実質的に検討してRSDであるとの判断に至っています。また主治医の診断への尊重という傾向も見られます。  本件での加害者側の主張はその後の判決でもしばしば見られるもので、①灼熱痛が出ていない(出る患者は一部のみなので誤った主張です)、②熱感を訴えず、冷感を訴えている(双方の症状ともCRPSで生じるので誤りです)、③発汗の左右差がない(すべての患者に発汗の差異が生じるわけでもないので誤りです)、④浮腫が認められない(すべての患者に浮腫が生じるわけではないので誤りです)というものです。  判決は、浮腫(むくみ)が認められないことをもってその症状がSRDではないとはいえないと述べ、この点に本判決の意義があるとして、自保ジャーナルでは「浮腫、発疹なくともRSDを認めた」事例として紹介されています。しかし、CRPS(RSD)においては必ず生じる症状は1つたりともないことは世界中の医学者の定説であり、ごく基本的な常識であるというポイントさえ押さえていれば、悩むこともないと思います。  なお、この判決は「被害者には灼熱痛がなかったとは言えない。」とする苦しい論理を用いたため、被害者が患部に冷感を訴えていたことと整合しにくくなっています。
    1. 症状固定日について
    2.  被害者は、平成12年5月21日に事故に遭い、平成14年10月29日に主治医により症状固定と診断されています。これに対して判決は、主治医の診断を否定し、その1年半前の平成13年4月18日に症状が固定したと判断しています。  判決の根拠はその頃に症状が安定し、その後に症状の悪化も改善もほとんど生じていないという点にあります。被害者は入院中からの歩行訓練により、平成13年2月2日には歩行が安定し、その後も歩行の安定は続き、3月16日には歩行訓練は終了したとされています。  左下肢の冷感や痛みなどは続いていたため、被害者はその後も通院を続けたようですが、平成14年10月29日に症状固定と医師が診断するまで、症状にはほとんど変化がないようです。
    3.  私は判決が被害者の症状固定を1年半も早めたことには疑問を感じます。 CRPSのような慢性化した強い疼痛について、症状がおちついてきた直後の時期に症状が固定したとすることには強い違和感があります。主治医の見解を否定して、かなり極端に症状固定を早めたことも穏当ではありません。  現実にも判決が症状固定とした平成13年4月18日に早々に症状固定を認める医師も少ないと思います。この時点では被害者には依然として強い痛みが残っていて、日常生活に多大な支障が出る状況であり、さらに症状を改善させようとして治療を続けるのが、一般的な医療現場の実態でしょう。この時点では治療により改善するのか、それとも悪化するのか、さらには四肢のほかの部位に広がる(ミラーペイン)のかは全く予想できません。  CRPS(RSD)の裁判例においては、いったん症状が落ち着いた時点で早々に症状固定と診断された後に症状が悪化した(と被害者が主張している)事案はしばしば見かけます。  仮に被害者が平成13年4月18日に通院をやめていた場合には、5月以降に再度症状が悪化した可能性もあります。もちろん症状が悪化しなかった可能性もありますが、CRPSのような難病で症状が一時的に改善してその後の治療のなかで悪化しなかったことをもって、症状が安定しだした時期に早々に症状が固定したとして、その後の治療の意味を否定することは正しくないと思います。  症状固定についての判断は、基本的には主治医の現実の判断を尊重するべきで、本件のように主治医の診断とおりにRSDであると認めたにも関わらず、症状固定日を1年半も早めたことは穏当ではないと思います。  この判決には、上記の温熱療法についての理解不足から病院側の診断書を虚偽内容であるとして特別室の入院費を否定したことも伏線となって、症状固定を早めることになったというニュアンスも感じられます。  つまり、「病院側は、被害者の意向に押し切られて心ならずも高額な特別室への長期間の入院を認めてしまい、それを泥縄式に肯定するために内容虚偽の診断書を何回も書いてきた。」との見方が前提としてあるため、「患者の症状が安定していたにも関わらず、病院はいまだに患者からの圧力に屈して長期の通院を受け入れて、症状固定を必要以上に先延ばしにした。」とのニュアンスが感じられますが、知識不足から温熱療法を否定され、医療現場の実態を無視して症状固定日までも大幅に否定された病院側としては、不本意でしょう。 (2012年2月22日掲載)

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