実務解説 (転載禁止)

診断の正しさを求めることについて

1 発症理論の求める診断の正しさについて


  1. 全ての診断は新たな診断に対して開かれている
     前項で述べた発症理論は「CRPSを発症した」ことの主張・立証責任を被害者側に課します。「CRPSを発症した」の意味は「CRPSと診断できる」との意味です。発症理論は被害者の症状に対する診断が正しいことの主張・立証責任を被害者に課そうとする騙しの理屈です。
     もとより事実ではなく、概念の正しさは主張・立証命題として適切ではないとの根本的な問題もあります。発症理論に対する批判は前項でも述べましたが、より根本的には「診断が正しいこと」の証明を求めることそれ自体が不適切な立証命題である点にも向けられるべきと言えます。
     正しいはずの診断をしても、その後にその診断に基づく治療によって患者の症状が改善せず様々な再検査の末に別の傷病である可能性の方が高いとの事情が生じる可能性を完全に否定することはできません。全ての診断は常に新たな診断に対して開かれており、その意味で診断に絶対的な正しさを求めることは不可能であり、診断方法の「適切さ」を求めるほかないとの問題があります。そのため「どの程度の正しさを主張・立証すべきか」の問題とならざるを得ません。

  2. 診断が正しいことを人は知覚できない
     科学的に厳密な意味では患者に対する診断が正しいことを人は確認することはできないとの根本的問題もあります。正しいはずの診断をしてその治療の効果があったように見えても、現実にその治療が効果を発揮したのか、別原因でその現象(治癒)が生じたのかを厳密に判別する方法はありません。単に自然回復しただけかもしれません。おそらくはその診断とその治療の背後にある医学的メカニズムが生じたであろうとの推測はできるものの「AがBに効果を与えた」との部分は現象の背後にあるメカニズム自体を人は知覚することはできないとの根本的・哲学的な問題があります。
     法則や因果関係それ自体を人は知覚することはできません。人が知覚できるのは想定した法則等を経た事実のみです。このことを前提に、究極的にはその結果が生じた理由としてその法則以外は考えられないとの理由(代替説明の不存在)で全ての科学法則は支えられています。以上のとおり、厳密な話をすると診断が絶対に正しいことを人が確認することは原理的に不可能という問題があります。

  3. メカニズムと因果関係を取り違える誤り
     上記の哲学的な話に何の意味があるのかと思う方がおられるかもしれませんが、私が検討した裁判例のなかにはこの部分でつまずいたようにも見える裁判例が少なからずありました。事実経過の詳細を解明することにより因果関係が存在する実感のようなものが高まります。その感覚自体は誤りとは言えません。
     しかし、この考えを進めていくとメカニズムが解明されない限り因果関係を認めることはできないとの考えに行きつきます。これは「メカニズムを因果関係と取り違える誤り」です。他原因考慮の思考を欠いたまま因果関係の検討をするとこの考えに行きつきます。
     正しい思考過程であればメカニズムの解明(事案の解明)が頭打ちになった時点で「A(原因と目される事象)のほかに結果を生じさせるものは存在しうるか」との他原因考慮を働かせて、「A以外に原因となりうるものはない」との結論を導くことになります。このようにメカニズムが完全に解明されなくとも因果関係を認めることができることは最高裁判例がルンバール事件などで何回も繰り返し述べています。即ち、高度の蓋然性と他原因考慮の併用です。

2 症状の説明としての診断


  1. 発症理論批判への加害者の反論
     メカニズムの解明を重視する考えは別の問題を引き起こすこともあります。発症理論への批判を受けた加害者側の反論として、「診断という医学的な説明に担保されることにより被害者の症状の存在が確証されたと言える。これに対して、診断による確証がない症状を認めることはできない。」との理屈が考えられます。なおこの言明は主張を比ゆ的にあいまいにする戦略をとっています。理論を明確にすると矛盾が露見する場合に理論をあいまいにして比ゆ的な表現でごまかすことは初歩的な騙しの技術です。
     この言明を診断が正しい(適切である)との「お墨付き(担保)」により症状の存在を認めることができると理解したならば、何の反論にもなっていません。

  2. 症状のメカニズムの解明としての診断について
     上記の言明は「診断は症状が生じるメカニズムの解明であり、診断により症状が存在する医学的メカニズムが解明されることにより症状が裏付けられる」との理屈とも理解できます。この考えは症状が発生するメカニズムを解明することにより症状の存在をリアルに感じることができるとの実感に訴えかけて、それを診断に結び付けます。この理屈は症状に対する説明により症状が裏付けられると主張するものです。なお、診断はある傷病を他の傷病と区別するために行われるのであり、必ずしも傷病が生じるメカニズムを解明するものではありませんが、話を進めるためにこの点は無視します。
     確かに、診断により症状が生じたメカニズムへの理解が深まり、症状の実在性が高まるとの理屈はある種の説得力があります。体温が38.5度となって病院に行ったところ、「インフルエンザです」と診断されたら、「なるほど。それで38.5度になっていたのか。」と納得できます。しかし、それにより38.5度という体温の実在性が裏付けられたわけではありません。38.5度の説明としてインフルエンザがしっくり来たというにすぎません。診断には体温計の代替性はありません。「ただの風邪です。」と診断されたからと言って「体温計は壊れていたんだな。」ともなりません。計測した数値に変化は生じません。
     メカニズムの解明により症状の説明が合理的に行えるようになりますが、それは症状の実存が裏付けられる関係ではありません。「ただの風邪です。」という説明に対して「ほかの原因があるはずだ。」と考えて代替候補を探すことは、前提事実に対してより合理的な説明を求める正しい姿勢であると言えます。症状に対する説明を重視するのであれば、症状をより合理的・整合的に説明できる診断を求めることとなります。それは診断の手順に組み込まれています。症状に対するAという診断が合理的でないことは「症状が存在しない」との結論を導くものではなく、より合理的・整合的に症状を説明できる診断を探すべきであるとの結論を導きます。
     即ち、診断が誤りであること(診断が適切でないこと)は別の診断がありうることを示すのみであり、症状の否定を導くものではありません。診断が正しい(適切である)ことは症状を合理的・整合的に説明できることを意味しますが、それにより症状の実存が裏付けられるわけではありません。結局のところ、上記の技巧的であいまいな言明は「事実に対する評価により事実に変更は生じない」との殻を破ることはできません。

3 治療過程での患者の位置づけにより適切な診療は異なる

 臨床の治療過程の中でのその患者の位置づけの問題もあります。救急医療、初診時の総合病院、紹介先の専門病院などの治療の各段階に応じて求められる医療の質は異なります。例えば一般外来に通院して受診した患者に対して厳密で正確な診断を下すためだけに、極めてまれな疾患をも想定して膨大な量の検査をすることは医療資源の無駄遣いであり患者に無用な肉体的・時間的・金銭的負担を課すものであって全く許容されません。
 即ち医療行為はその現場における医療資源、費用、時間、人材等の制約のもとに行われるものであり、診断についてもその制約の中で求められる適切さを満たしていれば仮に後に診断が変更されても問題とはされません。


4 事実に対する評価には事実を変更する力はない

 以上のとおり、「診断が正しいことにより症状が裏付けられる。」との騙しの理屈は循環論の問題のほかに、診断の正しさとは何かというより根本的な部分で難点を抱えます。そこで診断の「正しさ」を、診断過程を含めた「適切さ」と言い換えると問題設定自体が異なります。診断の適切さ、即ち、診断に至る過程や診断の方法が適切か否かは診断の正しさとは別に客観的な判断が可能です。しかし、診断が適切であることは正しい診断(変更される可能性が低い診断)であることを意味しないとの問題があります。診断の正しさ自体も変更される可能性が低い診断との評価がなされる程度問題でしかありません。疾患と被疾患の分岐点の位置を変更することによって診断の正しさに変更が生じる可能性もあります。
 そもそも診断の正しさも診断の適切さも、患者の症状とは別個の評価の問題であり、その評価いかんにより事実に変更が生じる余地がないとの点に行きつきます。つまり、「診断が正しいから症状が裏付けられる」との言明も「診断方法が適切なので症状が裏付けられる」との言明も、根本的な部分で誤りを内包しています。
 診断の正しさとは実在する患者の症状に対する医学的評価が適切であることを意味するところ、事実に対する評価の問題が評価対象である事実を裏付けたり、変更させたりしないことは、当たり前すぎることです。


5 労災・自賠責では診断の適否を検討しない


  1. 医師法17条との関係  診断の正しさにより症状(後遺症)が裏付けられるとの理屈は「労災や自賠責の後遺障害認定手続では診断の適否を検討しない(できない)」ことに整合しない点でも誤っています。以下の内容は「労災・自賠責では診断の適否を検討しません」の項目と一部重複します。
     医師法17条は「医師でなければ、医業をしてはならない。」とします。「医業」とは医師の医学的判断と技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、または及ぼすおそれのある行為とされています(平沼直人『医師法』100頁参照)。そこで加害者側の立場からは、後遺障害認定業務での診断の検討は人体に危害が生じるおそれがないと言い切ってしまえば、素人の非医師が医師による診断が正しいかどうかを検討しても医師法17条に反しないことになりそうです。
     しかし、後遺障害認定業務という公的要素の強い定型業務の中で非医師が業務として恒常的に医師の下した診断が正しいかどうかを検討することが医師法との関係で何ら問題がなく、「医業」にも該当しないとすることはさすがに無理があります。常識的に考えて「それはおかしい」となります。診断が否定された場合には新たな検査や異なる治療などが行われることが多いところ、それが人体に危害を及ぼす可能性がないと言い切ることも無理があります。

  2. 医師法20条との関係  なお、自賠責の異議申立に対する審査や審査会の判断では、医師も加わることもあるとされていますが、医師のアドバイスがあっても非医師の医学的判断(診断の適否の判断)を外部に表示することはできません。この点は看護師が医師のアドバイスを受けて診断を下せないことと同じです。仮に後遺障害の認定担当者が医師であっても、患者を診察せずに診断を下すことは医師法20条(医師は自ら診察しないで…診断書…を交付してはならない)に違反します。従って医師であっても後遺障害認定手続で「臨床での診断は誤り」、「正しくは~と診断すべき」などの判断はできません。

6 高次脳機能障害の問題

 裁判例では裁判官が「自賠責の後遺障害認定手続においては被害者の症状が高次脳機能障害に該当するか否かの判断をしている」と誤解しているようにも見えるものが少なからずあります。この考えは上記の「自賠責では診断の適否を判断しない(できない)」に反することとなるため以下に述べます。
 自賠責の後遺障害認定手続では「脳外傷による高次脳機能障害」であるかどうかを検討対象にしており、「被害者の症状が高次脳機能障害であるかどうか」を検討対象にしていないことに注意が必要です。この部分を判断すると非医師が医師の診断を検討することになります。自賠責の認定文言は診断の検討をしたとの誤解を招きやすい表現が意図的に用いられている場合もあるため注意が必要です。
 そもそも「高次脳機能障害」は疾患の名称ではありません。従って、「高次脳機能障害を発症した」との表現は誤りです。裁判例ではこのレベルで誤っているものを非常に多く見かけます。高次脳機能障害の問題点は「高次脳機能障害の二義性」、「行政の高次脳機能障害の適用領域」、「日本高次脳機能障害学会からの要望」、「労災の高次脳機能障害の枠組み」、「自賠責の高次脳機能障害の特殊性」の項目で詳しく述べています。
 以上のとおり、労災・自賠責の後遺障害認定手続では診断の適否は検討対象ではありません。その手続では医師が確認した症状が存在することを前提に後遺障害等級への該当性を判断します。この前提で半世紀以上も後遺障害認定手続きが行われてきました。これに対して、被害者の症状(後遺障害)に対する診断が正しいかどうかを検討しなければ症状の有無や程度が確定できず、後遺障害の検討ができないとすることは、長年にわたる後遺障害認定手続の実務に反する点でも妥当ではありません。


7 裁判官を騙して賠償金の支払を免れることは犯罪です

 上記の「発症理論」を裁判官に信じ込ませて、診断の検討等に誘導し、結果(損害)の検討を阻害しようとすることは、私は犯罪に当たると考えています。即ち、裁判官に誤った理論を提示して、その理論が正しいとの錯誤に陥らせ、損害等についての判断を誤らせ、これにより支払うべき賠償金(の全部ないし一部)の支払を免れることは詐欺罪の構成要件に該当します。被害者が被った損害の大きさからみても言語道断の悪質極まりない犯罪行為であることは明白です。
 これに対して、発症理論を裁判官が信じたということは発症理論が正しいということであり、裁判で正しさが認められた理論について、「騙すための理論」ということはできない。従って、何の犯罪も成立しないとの反論も考えられます。訴訟では加害者側は裁判官を騙すことに罪悪感を覚えているようには見えず、むしろ高度なトリックを披露してその当然の対価として賠償金の減額を勝ち取ったのであるとの感覚さえ窺われます。
 しかし、詐欺罪においては被欺罔者を騙したからこそ被欺罔者はそれを正しいと信じて行動したのであり、被欺罔者を騙したことが違法性阻却事由などの可罰性阻却事由になることはあり得ません。従って、意図的に発症理論を用いて裁判官を騙そうとすることは犯罪に該当すると考えられます。


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