実務解説 (転載禁止)

CRPS、RSD、カウザルギーの由来について

1 カウザルギーの由来

 アメリカの南北戦争(1861年~1865年)において損傷部位に痛みとともに発赤、腫脹、熱感、痛覚過敏、拘縮が起こった症例をミッチェル(Mitchell)が報告した際に彼はこの病態を、ギリシア語の灼熱(kausos)と痛み(algos)を基にした合成語であるカウザルギー(causalgia)と命名しました。これがカウザルギーと呼称される病態が医学的に認知された始まりです(『ペインクリニック』38巻4号439頁)。ミッチェルは神経損傷を受けた患者を専用に治療する病院を設立し、その患者らを治療するなかで上記のカウザルギーという病態を発見しました(『複合性局所疼痛症候群(CRPS)をもっと知ろう』3頁)。  彼の報告では「患者は皮膚への軽い接触や動作だけでなく、音や感情の変化によっても痛みが生ずる。四肢の末端には浮腫がみられ、皮膚は薄く色調の変化がみられる。多くの症例では罹患肢は冷たく発汗の亢進がみられる」とされました(『複合性局所疼痛症候群CRPS』13頁)。彼の確認した症例は現在では銃創による(神経の)損傷に起因したCRPSとして把握できそうです。  彼の報告はドイツにもたらされ、シュデック(Sudeck)により神経損傷がなくとも骨折により同様の症状が発生することが報告され、臨床医の間でこの病態が知れ渡ることとなりました(『複合性局所疼痛症候群(CRPS)をもっと知ろう』3頁)。


2 RSD(反射性交感神経性ジストロフィー)の由来

そんな中でリビングストン(Livingston)は侵害受容線維の興奮が脊髄介在ニューロンプールの異常な活動と、その結果としての交感神経の異常興奮を引き起こしているとの仮説を提唱しました。  1947年にはボストンの内科医のエバンズ(Evans)が上記のリビングストン説を根拠にRSD(反射性交感神経性ジストロフィー)との名称を提唱しました。これは持続する侵害刺激により生じた交感神経の反射性興奮が多様な組織に異栄養性変化をもたらすとの仮説です(『複合性局所疼痛症候群(CRPS)をもっと知ろう』3頁)。この時点ではカウザルギーとRSDは同義で後者が新しい呼称という位置づけでした。但し、臨床では依然としてカウザルギーの名称も併用され、両者の関係は不明瞭でした。  RSD仮説のもとでは病態の説明は以下のとおりです。痛みが生じるとその部位の組織が収縮します。これは出血を止め細菌の侵入を防ぐための生理的な反応です。その痛みが治まらなければ組織の収縮が続きます。その結果、患部への血流が阻害され患部にうっ血が生じ浮腫(腫脹)となります。患部の収縮が続いて血流による栄養供給が滞れば異栄養(ジストロフィー)により患部の皮膚、毛、爪、骨などの萎縮が生じます。この異常事態を治めようと交感神経の働きが活発化して交感神経性の症状として皮膚温・皮膚色や発汗の変化などが生じます。これらの症状により痛みが増悪し前記の症状がさらに活発化するとの悪循環が生じ、軟部組織の収縮が続き軟部組織の崩壊や癒着が生じて関節可動域制限やそれが悪化した関節拘縮に至ります。これがRSD(反射性交感神経性ジストロフィー)の大まかな説明です。現在でもこの説明はCRPSの病態のかなりの部分をうまく説明していると思います。現在の定説の原型となる概念とする著書もあります(『複合性局所疼痛症候群CRPS』15頁)。  交感神経がこの病態に関与しているとする以上の流れの中で、1916年にフランスのレリーチェ(Leriche)は交感神経切除術や交感神経ブロックの有効性を報告しました。その後に交感神経切除術が83%で著効であったなどの報告があった一方で、著効例はわずかに7%であったとの全く逆の報告や、交感神経ブロックによりかえって症状が悪化するとの報告もありました(上掲14頁以下)。現在では交感神経切除術や交感神経ブロックの有効性はかなり限定的であるとする理解が一般的です。  RSDとの呼称が長く続くなかでカウザルギーとの区別が問題となりましたが、国際疼痛学会はRSDとカウザルギーを神経損傷の有無で識別するとの見解を示しました。


3 CRPS(複合性局所疼痛症候群)との命名

 1993年にRSD・カウザルギー患者を対象とした大規模な調査が行われ、交感神経ブロックに反応しない症例や交感神経の機能亢進の所見がない症例が多く存在することやジストロフィーは一部の症例にしか起きていないことが明らかとなりました。  以上の流れを受けて、1994年に国際疼痛学会はRSDとの呼称をCRPSに改め、CRPSタイプⅠを明らかな神経損傷がないもの(以前のRSD)、CRPSタイプⅡを明らかな神経損傷があるもの(以前のカウザルギー)に分類しました(『ペインクリニック』38巻4号439頁)。その上でCRPSの判定指標を公表しました。


4 CRPSタイプ1と2との区別について

医学的にはCRPSタイプ1とタイプ2で出現する症状や徴候に差はないとされています(『神経障害性疼痛診療ガイドブック』149頁、『複合性局所疼痛症候群CRPS』73頁)。タイプ1とタイプ2で異なる診断基準を提唱する考えは存在しません。  「主要な(明らかな)神経損傷」という区別基準のあいまいさの問題もあります。これは現在の医学技術では細かな神経損傷を検知することが非常に困難である(神経造影では末梢部の神経は映らない。電気生理学検査でも細かな神経損傷の検知はできない。)との事情によるものと推測できます。  ただし医学書によっては「主要な(明らかな)」を省略して「神経損傷の有無」でタイプ1とタイプ2を区別するとしています。この書き方では末梢部の細かな神経の損傷も神経損傷と言えそうです。しかし1994年の国際疼痛学会の基準では神経の部分損傷あるいはその主要な分枝の損傷とします(『オルソペディクス』25巻10号8頁)。従って、末梢部の細かな神経の損傷を「神経損傷あり」としてCRPSタイプ2に分類する解釈は誤りとなります。  けれども国際疼痛学会のこの定義ではタイプ1とタイプ2を区別する実益はかなり疑わしいです。この1994年に国際疼痛学会はCRPSではきっかけとなった外傷からは想像できないほどの症状が生じるとしています。即ち、軽微な神経損傷から重大な症状に至ることもCRPSの病態としており、神経損傷の程度を「主要な(明らかな)神経損傷」に限定する理由がありません。  現在では軽微な神経損傷でもそれを発端としたクロストークやエファプスなどの働きにより大きな障害(CRPS)につながるメカニズム仮説が広く支持されています。タイプ1と2で実際の症状・徴候に違いがないとの事情もあり、タイプ1と2を上記の基準で区別する実益はかなり疑わしいと言えます。  しかし、国際疼痛学会はそれ以前の行動として歴史的に用いられてきたカウザルギーとRSDの呼称を生かして神経損傷の有無で区別して整理しようとした歴史的経緯があり、その経緯に引きずられて、タイプ1とタイプ2の区別を作ったと言えます。


5 国際疼痛学会の1994年の診断基準

 1994年に国際疼痛学会(IASP)は以下のCRPS診断基準を公表しました。この診断基準は非常に高い感度(98%)を持つ一方で低い特異度(36%)のためCRPSでない患者を除外する能力が低いことが指摘されています(『オルソペディクス』25巻10号8頁)。感度とは対象疾患(この場合CRPS)の患者がそのテストで陽性となる度合いであり、特異度はその疾患(この場合はCRPS)ではない患者がそのテストで陰性となる度合いです。


  1. 侵害刺激や不動化(ギプスなどで動かさない)時期の存在
    (注)この項目は必須ではない。
  2. 原因となる刺激から判断して不釣り合いな持続痛、アロディニア、痛覚過敏
  3. 痛みの部位に浮腫、皮膚血流の変化、あるいは発汗機能異常が病期のいずれかの時期に存在
  4. 痛みの部位に浮腫、皮膚血流の変化、あるいは発汗機能異常が病期のいずれかの時期に存在

6 診断基準や判定指標ごとに結論が変わるわけではない

 日本版の判定指標(2008年)の内容は「2008年日本版判定指標とその読み方」の項目で説明しました。この判定指標が公表された以後の裁判例はCRPSの診断の検討でこの判定指標を用いるものが多い一方で、労災・自賠責のRSDの3要件を診断基準と誤解しているものが多いと言えます。  日本版判定指標が公表される以前は、ランクフォード(Lankford)の分類、コジン(Kozin)の基準、ギボンズ(Gibbons)のRSDスコア、ベルドマン(Veldman)の基準などが存在しました。これらの内容は『複合性局所疼痛症候群CRPS』66頁以下を参照して下さい。かつてはこれらの診断基準等を列挙してかなりの分量でその説明を述べる検討している裁判例も多く存在しました。  結論から言えば、どの診断基準・判定指標を用いても鑑別診断の手順を適切に行えば同じ患者について同じ診断が下されるはずです。各診断基準等を作成するためには「RSD(CRPS、カウザルギー)はこのような病態である」との一致した見解があり、その見解を前提に各診断基準等が作られているはずだからです。  日本版の判定指標の少し前には国際疼痛学会が公表した判定指標(2005年)があり、アメリカの学会が公表した判定指標もあります。そのほかにオランダなどの先進国は独自の判定指標を制定しているようです。それは人種、風土、医療に関する社会環境等の違いなどから各地域のCRPS患者に出現する症状に違いがあるからであると説明されています。これらの判定指標が作成できるのはCRPSの病態について一致した見解があり、鑑別診断で他の疾患との区別が行えるからです。  以上に対して、診断基準や判定指標を列挙してその優劣を検討しているように見える裁判例はかなり根本的な部分で誤っていると言わざるを得ません。いかなる診断基準を用いても鑑別診断が適切に行われれば最終的には同じ診断となるはずです。


7 ギボンズの基準の特殊性


  1. ギボンズスコア  ギボンズの基準はギボンズスコアとも言われ、ギギボンズが選択した症状の存否をスコア化(陰性0点、擬陽性0.5点、陽性1点)して合計が3点以下は「RSDではない」、3.5点から4.5点は「RSDの可能性がある」、5点以上は「おそらくRSD」とするものです(『複合性局所疼痛症候群CRPS』67頁、『神経内科』61巻3号235頁)。

  2. 日本の麻酔科医と訴訟でのみ多く用いられたようです  日本版判定指標(08年)が公表される以前の裁判例ではギボンズの基準を紹介してそのスコアに当てはまるか検討しているものが多く存在します。症状をスコア化して明確に結論を述べる点が厳密であると受け止められたようです。  しかし、ギボンズスコアは臨床の統計などの根拠が全くない個人の私的見解に過ぎません、しかも検証もなされていません(『ペインクリニック』33巻8号1074頁)。「本邦では麻酔科医を中心に広く知られるところとなったが、国際的にはほとんど使われたことはない。その信頼性が検証されたこともない。点数化できるという点で分かりやすいことが本邦で広く使われるに至った理由であろう。」(『複合性局所疼痛症候群CRPS』69頁)とされています。

  3. ギボンズスコアの特殊性  ギボンズスコアの特殊性は、①臨床の患者の統計などの根拠が全く存在しないこと、②鑑別診断を想定していないこと、③骨萎縮が要素に含まれていることです。  上記①はギボンズスコアが厳密に見えるのに反して実際は何らの根拠もないことを意味します。上記②の鑑別診断の問題は深刻です。他の診断基準や判定指標では「ほかの疾患によっては説明できないこと」という鑑別診断の問題がことさらに重視されているのに対して、ギボンズスコアは鑑別診断を考慮していないという際立った特殊性があります。上記③も際立った特徴です。実はこれまでの公表されたCRPS(RSD、カウザルギー)の診断基準や判定指標で骨萎縮を判定要素の1つに含めているものはこのギボンズスコア以外には見当たりません。統計的にはCRPS患者において骨萎縮は発生頻度が低いため考慮するべき症状とはされていません。ギボンズスコアにはこれらの特殊性があり、信頼度はかなり低いと言わざるを得ません。

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