実務解説 (転載禁止)

よくみられる症状経過と悪化否定論

1 上肢CRPSの症状経過


  1. 首から上肢にかけての痛みが増悪、拡大  被害者がCRPSと診断された裁判例で最も多くみられるのは、上肢のCRPSの場合は事故直後の時期は首から上腕にかけての痛みであったのが、その後に症状が増悪・拡大し、上肢全体の痛みと運動障害(上肢の廃用)につながった事例です。  この事例では事故直後には被害者は痛みを訴えるも入院するほどではなく、救急搬送されずに警察への通報や実況見分の立会をしていることも少なくありません。その後に頸部の痛みを中心とした肩部や上腕部の痛みを訴えることが多く、事故直後の時期はいわゆるむち打ち損傷と見分けがつかない経過と言えます。そのため事故後初期は頸椎捻挫や外傷性頸部症候群などの診断を受けます。  事故直後から強い痛みを訴えている事案も多いですが、事故の数日後から2週間以内の時期に痛みが増強している事案も多いです。そのため早期に通院先を変更している事案が多いです。痛みが強くなった時期にペインクリニックに通院するなどしてブロック注射などの痛み止めの注射を受ける方も少なくないです。但し、最近は注射による二次的な問題(神経を傷つける医療過誤等)を避けるために注射を積極的に行わない医療機関が増えたような感じもします。  事故後に痛みが持続ないし増強した時点でCRPSとの診断をすぐに受けた事案は見当たりません。事故直後に特殊な疾患の診断をする医師がいるはずもないのでこれは当然のことです。普通は頸椎捻挫やむち打ち損傷(外傷性頸部症候群)などのありふれた傷病の診断をします。裁判例では1年以上経してからCRPS(RSD、カウザルギー)の診断を受けた事例が非常に多く、3年以上経過してからCRPSの診断を受けた事例や、訴訟での鑑定で初めてCRPSの診断を受けた事例も散見されます。CRPS(RSD、カウザルギー)は明らかに診断が遅れる傾向があります。

  2. 上肢の挙上制限  事故後に首から上腕にかけての痛みがあるため上肢を動かすことができない時期が続いていたために、上肢の挙上制限がカルテに全く記載されていない被害者も多く見られます。カルテには何の記載もないか、「痛みで腕を上げられない」などの記載がなされます。可動域検査ができる状態ではないため可動域の数値化はなされないことが通常です。  上肢を動かすと痛みが出るために上肢を動かさない状況が続く中で、自分で動かすことができない自動運動の可動域制限としてカルテに記載されることもあります。裁判例ではこの時期に至ってもCRPSの診断を受けない事案がほとんどです。

  3. ブロック注射と可動域訓練  上記イの時期には可動域を確保するために、ブロック注射で痛みを遮断している状態で可動域を回復する治療をすることが、医学的には推奨されています。痛みを止めないと上肢が動かせないために痛み止めの注射をした状態で可動域訓練をするほかないとの事情もあります。  裁判例では適時にその治療を受けている方はほとんど目にしません。その治療を行わない、もしくは可動域制限がほぼ固定化した「手遅れの状況」になってからその治療を受けている方が大半を占めます。この時期に至って、大学病院等に通院する患者が多いと言え、そこでCRPSとの診断を受ける患者が多数います。その診断を下した病院への通院でそれまで確認できなかったCRPSに特徴的な症状が多数カルテで確認できるようになります。CRPSを疑って初めてCRPSに関連する症状がカルテに記載されるという構造です。CRPSを疑わなかった医師はその症状をカルテに記載しません。  私の経験でも「この時期には上肢が浮腫で顕著に腫れ上がっていた」と被害者が主張している時期にカルテにその記載がないことの方が多く、発汗・皮膚温・骨萎縮などそのほかの症状は何も記載がないことの方が圧倒的に多かったです。CRPSの診断をした大学病院等に通院した初日に多数の症状が新たに確認できるという事情が多くみられました。  この事情のため加害者側は「半年以内にCRPSを発症したと認められなければ事故との因果関係は切断される」との期限内発症論を主張することが通例と言えます。症状が連続している中で因果関係の切断を認めることは異常なことですがこの理屈に騙された裁判例は非常に多いです。

  4. 可動域制限の悪化  裁判例ではブロック注射等の治療を受けるも上肢の可動域が悪化し続けて、上肢を自動のみならず他動でもでは動かせない状況に至った方が多いと言えます。但し、症状が悪化するまでの期間には個人差があり、3年以上をかけて悪化する方もいれば4か月ほどで悪化が完了する方もいます。  裁判例では上肢が関節拘縮で全く動かせなくなったこの時期に至ってもCRPS(RSD、カウザルギー)との診断を受けていない事例が散見されます。訴訟の鑑定で最初の診断を受けた事例も散見されます。古い時代ほどその傾向が出ています

  5. 症状固定後の悪化  裁判例では、上肢が可動域制限の状況で症状固定となって、その後に症状が悪化して上肢全体が廃用となっている方も多く見かけます。労災では1年半までに症状固定とする原則があるため、労災との関係で症状固定が早められたと考えられる事案も少なからずあります。  一方で労災とは無関係に早期の相手損保の治療費打切りで症状固定となり、その後に悪化した事案も多くあります。加害者から債務不存在の訴訟を起こされている間にも症状の悪化が続いている事案もあります。治療により上肢の可動域が残された状況で症状固定となり、加害者への裁判中に悪化した事例もあります。  以上のように、いったん症状の悪化が落ち着いたと判断できても、その後に再度症状の悪化が生じるか否かは結果からみてみないと何とも言えないと言えます。但し、中程度の可動域制限の状況で症状固定となり治療費の支払いが打ち切られると、可動域を維持するための治療もできなくなり、そのために可動域制限が悪化し上肢の拘縮に至ることもあり、1つの典型例であるとも言えます。以上のように上肢の挙上制限が発生した事案では、可動域制限が上肢の拘縮にまで至る事案がかなり多いと言えます。

2 症状の拡大およびミラーペイン


  1. CRPSでは症状の拡大が多くみられる  上記のようにCRPSでは頸部から肩部・上腕部の痛みが拡大して、上肢全体の可動域制限や拘縮になる事案が多く、症状が拡大することに特徴があると言えます。裁判例では手指などの末梢部の症状が上肢全体に拡大する症例も確認できます。

  2. 別の四肢に症状が拡大(ミラーペイン)  CRPSでは四肢の1つに生じた症状が他の四肢にも拡大ないし転移する症例が存在することが広く知られています。これはミラーペインと呼ばれています。  医学文献では、①「同側および対側の四肢に広がることがある」(『クリティカル ニューロサイエンス』37巻11号1342頁)、②「病変が『regional』にとどまることはない。離れた部位、時には反対側へ対称的に拡大することが最近相次いで報告されている」(『臨床雑誌 整形外科』54巻7号746頁)、③「通常、CRPSの症状は局所に限局するが、ときには損傷を受けた末梢神経の支配領域を超えて症状が罹患肢全体に広がることがある。また、しばしば傷害された範囲を超えて症状が発現する。」(『神経内科61巻3号235頁』、④「症状のある部位が移動したり、あるいは複数の四肢に発症するなどの報告がある。」(前掲236頁)、⑤「CRPSを1肢に発症したことのある患者が別の四肢にも発症する場合がある。」(前掲237頁)、⑥「いずれの疼痛も末梢神経の支配領域や脊髄神経根の皮膚文節には限局されず、誘因となる外傷などよりも末梢側・中枢側へと疼痛が拡大していくことが多い。時には反対側四肢や同側四肢にも疼痛が拡大することが報告され、これらはミラーペインと呼ばれる。」(『複合性局所疼痛症候群CRPS』33頁)、などとしてミラーペインに言及するものも多いです。

  3. 裁判例ではミラーペインはかなり多い  裁判例ではミラーペインの症例はかなり多いと言えます。私の解説した裁判例でも3割以上にミラーペインが見られます。CRPSが問題となった事件全体では3割から4割にミラーペインが確認できます。例えば左上肢にCRPSの症状が出現し、左下肢にもCRPSの症状が出現するなどの別の四肢に症状が出現する事案はかなり多いと言えます。  但し、遅れて生じたミラーペインがCRPSと診断されたのか否かがはっきりしない事案が散見されます。最初にCRPSと診断された症状とほぼ同時期にミラーペインが遅れて発生した事案と明確に別時期にミラーペインが発生した事例に分かれます。  裁判例ではミラーペインの症状が細かく記載されることは少なく、ミラーペインの症状が最初のCRPSの症状と同一であるかははっきりとしません。事案にもよりますがミラーペインの症状は最初のCRPSの症状とは少し異なることが多い印象です。  なお、このようなミラーペインが確認できることは、その患者の症状に対してCRPSとの診断を下すことを支持する事情となります。ほかの疾患ではうまく説明できません。リウマチ関節炎の症状がこのような動きをすることはあるようですが、この疾患はCRPSとの鑑別が難しいとは言えません。  上肢のCRPSの症状が重症化した事案(上肢の拘縮事例)の裁判例では下肢にも何らかの症状が出ていることが多くみられます。下肢に力が入れにくくなる、ふらついたり不安定になったりする、下肢の震え(振戦)、下肢の不随意運動(クローヌス)などの症状が出ることが裁判例や私の経験した事案で確認できます。これらの症例はCRPSで生じる症状が出現していると言えますが、上肢とは異なる症状がミラーペインとして出現していることも多いです。

3 症状がほとんど拡大しない症例

上記1で述べた経過は発端部位での小さな損傷による痛みが治まらずに拡大する経過のCRPSです。このタイプのCRPSは現在では受傷等による神経損傷の影響がエファプス、クロストーク、ワインドアップ現象等により持続・拡大するとの説明が与えられています。  これとは別に、受傷した手や足の末梢部から症状が拡大しない、もしくは症状の拡大が少ないタイプのCRPSもあります。裁判例では15%程度がこのタイプです。症状の拡大の範囲をやや広くみれば30%程度とも言えます。下肢のCRPSは症状が拡大するも下肢全体に及ばないものが少なくない印象です。手首近辺の受傷により手首近辺にCRPSが出現してほとんど拡大しない症例もあります。なおCRPSと診断される状況に至るほど悪化しながら症状の拡大の範囲が限定される事案と限定されない事案との違いの理由は分かりません。


4 ABC症候群

 被害者が強い痛みを訴え、痛み止めの飲み薬では効果がない場合には神経ブロック注射などの痛み止めの注射が施術されます。痛み止め注射はほとんどの患者に疼痛抑制の効果を生じます。しかし、CRPSの患者を対象とした大規模調査では交感神経ブロック療法の有効例は7%に過ぎず、一時的な有効例を含めても30%程度であり、無効・症状の悪化が66%にも上ることが報告されています(『ペインクリニック』30巻別冊春号247頁、『複合性局所疼痛症候群CRPS』15頁)。このように多くの患者に効果がないとはいえ施術後数時間から2日程度は疼痛緩和の効果が生じる方が多いので、CRPSが疑われる事例では積極的に神経ブロック注射を施術することが多いと言えます。  しかるにCRPS患者の中にはブロック注射でより痛みが増強する患者群が存在します。その性質(XTN)を有するのがABC症候群と呼ばれるものです。ABC症候群とはangry backfiring C-nociceptorの略です。Angry(感受性の増加した、興奮性の増強した)、Backfiring(逆行性伝導による)、C-nociceptor(C侵害受容器(線維)が原因、言い換えるとA神経ブロックが無効)の意味です。直訳では「異常に興奮したC侵害受容線維が、末梢で逆行性伝導を起こして発生する疼痛症候群」と定義されます(『ペインクリニシャンのための新キーワード135』75頁)。  ABC症候群の場合はCRPSの治療として神経ブロック注射が行えないために症状の進行がかなり早くなることが予想できます。裁判例では事故から半年以内に上肢が拘縮に至った事例がいくつかあり、その事例では神経ブロック注射が有効でなかったことが想定できます。  一方で裁判例では上肢が拘縮に至るまで3年以上経過している事案が少なくないと言え、ABC症候群でない場合にはブロック注射等により症状の進行が遅れさせる効果が出ていると考えられます。


5 手袋靴下型の症例

 以上とは別に、手袋靴下型ともいうべきタイプのCRPSもあります。手袋と靴下をつける部分に症状が出現するタイプです。裁判例では2%ないし3%程度と数は少ないです。私の解説した裁判例では「事故2週間後に両手両足に症状発症」の事例がこれに当たります。この事案では事故により自転車から転落して後頭部を打ったことが原因でなぜか手袋靴下型のCRPSの症状を生じたように見えます。その医学的メカニズムはよく分かりませんが、中枢神経の関与を想定しないと説明できません。


6 ネグレクト(認知無視、運動無視)

 ネグレクトとは患肢を自分の体の一部とは感じない認知無視と、患肢を運動するためには視覚的に患肢を観察しながら過剰な注意をむけなければ運動ができない運動無視があります(『複合性局所疼痛症候群CRPS』34頁)。  例えば上肢のCRPSの症状経過の中で手指に注意を向けて全力で集中して動かそうとしないと手指を動かすことができない状況となる患者さんがいます。このような状況がネグレクトと言われています(『臨床雑誌 整形外科』54巻7号、『神経障害性疼痛診療ガイドブック』150頁)。  この知識がないと訴訟では被害者が手指を動かそうとして集中して、少したってから手指が少し動く状態を見た裁判官が「芝居がかっている」と疑いの目を向けることとなります。


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