実務解説 (転載禁止)

神経ブロックの効果、3期説、抱合せ表現

1 神経ブロックの効果

 裁判例では「神経ブロックに効果がないのは被害者の症状がRSDによる症状ではないからだ。」との主張も散見されます。加害者側は、「RSDは反射性交換神経性ジストロフィーの略であるところ、ブロック注射で交感神経の働きを弱めれば顕著に症状が緩和するはずである。その被害者の症状が神経ブロック注射で改善しなかったことは被害者の症状がRSDではないからである」などと主張します。一時期はこの主張はしばしばなされていましたが、最近ではあまり見かけなくなりました。  もちろん、この主張はウソ医学です。アメリカでの大規模調査では826症例のうち交感神経ブロック療法の有効例は7%にすぎず、一時的な有効例も含めても30%程度であること、無効、症状の悪化が66%に上るとされています(『ペインクリニック30巻別冊春号』247頁、『複合性局所疼痛症候群CRPS』15頁)。7%とはいえ著効となる患者がいる以上全ての患者に神経ブロック注射を試みることは治療としては当然です。但し、CRPSの症例には交感神経ブロックにより症状が明らかに悪化する症例もあり注意が必要です。この症例はABC症候群とされます(『ペインクリニシャンのための新キーワード135』75頁)。  裁判例でもブロック注射により症状が大幅に改善したものは見当たりません(改善したのであれば訴訟にならないとも考えられますが)。私の経験でも依頼者の方が受けたブロック注射の効果は数時間から2日程度と限定的であることがほぼ全てです。しかし、基本的な症状を改善させる効果がなくとも短時間の鎮痛効果が生じる事実があることから、ブロック注射を繰り返す治療を受ける方が多数います。痛みを少しでも取り除くことがCRPSの悪化を防ぐことは事実でもあります。ただし、その効果は薄くブロック注射を繰り返している間に基本的な症状が少しずつ悪化していることも多くみられます。


2 病期説(三期説)を診断基準とする考え


  1. 病期説は半世紀ほど前の古い考えです  病期説(三期説)とはランクフォード(Lankford)が1977年に発表したRSDを3つの病期に分類する説明方法です。即ち、第1期(急性期:発症~3か月)、第2期(亜急性期:3~9か月)、第3期(慢性期:9か月~2年以上)の3期に分けて、RSDで出現しうる症状を3期のいずれかに割り振って約20個の症状を説明するものです。この3期説は古い医学書に記載されていることが多く、RSDの症状が変遷して重症化していくものであること、その過程で出現する症状にはどのようなものがあるか、最終的に重い後遺障害に至ることが多いことの説明に用いられます。RSDの病態を理解するために作られたプロトタイプ的な説明です。  なお、病期という言葉はある疾患にり患している期間との意味であり、この意味で日本版のCRPS判定指標では「病期のいずれかの時期に」との表現で用いられています。従って「病期説」との命名では不適切なので「三期説」とも表現しています。どちらも私が勝手にそう呼んでいるだけです。

  2. 病期説は臨床の実態に全く合わず否定されました  実際には臨床では各病期の区分は判別できません。①「早期から皮膚温低下がみられる症例が約半数存在することなども報告されており、罹病期間とCRPSの病態との間に一致した見解は得られていない」(『複合性局所疼痛症候群CRPS』74頁、『神経障害性疼痛ガイドブック』149頁)との指摘があります。  また、②「RSDの臨床症状・徴候は悪化と緩解を繰り返すものであって、個々の病期が経過とともに明確に推移することはない。」(『臨床雑誌整形外科』54巻7号748頁)とされています。これらは臨床の実態は病期説との隔たりが大きく、まとまりがある病態として病期の把握ができないとの趣旨です。  症状の進行性については③「長期間経過してもジストロフィーにならない症例も散見される」、④「半数以上の患者は病期が進んでもジストロフィーにならないことから、病期分類の意義に対しては疑問視する向きもある」(『神経内科』61巻3号234頁、同236頁)とあります。⑤「少なくとも日本人のCRPS患者では罹病期間が長くなれば症状/徴候(CRPSの病態)が多彩になるということではないと示唆される」(『複合性局所疼痛症候群CRPS』74頁)ともされています。  これらの指摘をして⑥「RSDの病期分類はVeldmanやBruehlが指摘するように、今日全く意味がないと断言することができる。」とする文献もあります(『臨床雑誌整形外科』54巻7号748頁)。裁判例でも数年かけて重症化するものもあれば数か月で重症化するものや、症状の拡大が小さく重症化に至らないものが確認できます。

  3. もともと診断基準ではありません  あろうことか裁判例では加害者側がこの病期説(三期説)を診断基準であると主張し、それに騙された裁判例も少なからず確認できます。そもそも病期説は診断基準として提唱されたものではなく、RSDの病態を理解するためのプロトタイプ的な説明として用いられたものです。  そのためRSDで生じる可能性のあるほぼ全ての症状が網羅的に説明されています。もちろん、この説明には臨床の統計の裏付けがあるわけでもありません。実際には臨床とは全くかけ離れており、病態理解のための説明としても評価されていません。  これに対して、加害者側はこの病期説で取り上げられた約20の症状がその指定された病期に指定された態様で出現することがCRPSと診断するための条件であると主張することもあります。CRPSには必須の症状は1つもないことからすると途方もないレベルで医学的常識を逸脱した大胆不敵なウソ医学です。しかし、裁判官は医学的な知識がないことが通常であるため、少なくない裁判官がこのレベルのウソ医学に騙されています。加害者側がこの主張をしている事件は加害者側がウソ医学で裁判官をおもちゃにして遊んでいるようにも見えます。加害者側が「ココ掘れワンワン」とふざけているような感じです。裁判官は明らかになめられています。

3 抱き合わせ表現による騙しの主張

特別基準論を用いた二段構えの主張のように論理があいまいな主張は加害者側の主張に多く見られます。論理を明確にすると騙しの理屈が明確になるので、論理を明確にせずにあいまいにすることは騙しの理屈ではよく見られることです。この点で重要なのは「抱き合わせ表現による騙しの主張」です。この表現は訴訟でも定番であり、裁判例でも頻繁に目にします。判例解説でも何回か指摘しました。  例えば加害者側は「本件事故により被害者がCRPSを発症して被害者にCRPSによる症状が生じたと言えるか」との表現を頻繁に行います。これが抱き合わせ表現です。加害者側の医学意見書や鑑定書でも多く用いられる表現です。後遺障害認定の文言でも多用されます。上記の表現は①本件事故によるCRPSの発症が問題であるのか、②被害者がCRPSを発症したことが問題であるのか、③被害者の症状がCRPSによる症状であるかが問題であるのかが曖昧になります。これこそが抱き合わせ表現の目的です。  正しくはこれらの問いはすべて誤りです。この点にも抱き合わせ表現のいやらしさがあります。正しくは、被害者に最終的に存在する症状の有無・程度の確定と、その最終的症状の原因として事故以外の原因が考えられるか(他原因考慮、代替説明)を問題にする必要があります。最終的症状の存否・程度の問題とその原因は何かの問題は明確に区別して論じる必要があります。最終的症状の検討に際して「CRPSによる症状」との縛りをつけるのは重大な誤りです。加害者側は抱き合わせ表現を用いてその誤りに誘導します。  私の検討した裁判例では抱き合わせ表現を用いているものが多く、そのほとんどが加害者側の用いた表現をそのまま使用していると推測できます。あいまいな表現の意味を明確化したり、他の表現に変えたりしなかったのは、その判決を書いた裁判官自身も論理を明確にできなかったからであると考えられます。即ち、曖昧さにごまかされて騙しの理屈に取り込まれたと言えます。


4 抱き合わせ証明論

 抱き合わせ表現は単に論理をあいまいにして不要な証明に誘導することのほかにも決定的に重要な役割があります。それは結果を単独で認定させずに不要な対象と抱き合わせで認定させることで、他原因考慮(代替説明)を検討させないことです。これにより因果関係が認められる範囲は劇的に狭められます。  因果関係の検討においては、生じた結果(B)について原因と目される事象(A)以外にも原因となりうるものがあるのかの検討(他原因考慮、代替説明)が決定的に重要です。「それ(A)以外には原因となりうるものが見当たらない」との考慮はほぼ全ての因果関係の検討で用いられ、その理由が決定的となる場面が極めて多いからです。最高裁判例においてもルンバール事件以下の多数の最高裁判例でこの他原因考慮(代替説明)の準則を述べます。  交通事故訴訟では、「事故以外に原因となる事象は存在するか」との視点で検討した場合に「事故以外には原因となりうるものは見当たらない」との理由で因果関係が肯定される場合が極めて多いと言えます。そこで他原因考慮を排除するために加害者側が用いているのが2つの事象を抱き合わせで証明することを求める騙しの理屈(抱き合わせ証明論)です。  加害者側は「本件事故により発症したCRPS」との抱き合わせ表現で単なるCRPSの発症ではなく、本件事故による発症も同時に証明することを求めます。「CRPSに由来する症状」との抱き合わせ表現で単なる症状ではなく、CRPSに由来する症状であることも同時に証明することを求めます。これらの表現は発症理論にも騙されていますが、ここではこの点は無視します。  正しい方法では、結果Bを確認した後に「結果Bの原因としてA以外にも原因となりうるものがあるかの検討(他原因考慮)を行います。しかし、抱き合わせ証明論では結果Bを単独で確認することは阻止され「CであるB」を同時に証明することが求められるために他原因考慮が行えません。例えば、「本件事故により発症したCRPS」との抱き合わせで単にCRPSの発症を証明するのみでなく本件事故により生じたことを同時に証明することを要求して、「本件事故以外にCRPSを発症した原因となるものは存在するか」との思考を行えなくします。「CRPSに由来する症状」との抱き合わせで単なる症状の証明ではなく「CRPSに由来する症状」であることも同時に証明することを求めて他原因考慮を行えなくします。  私の検討した裁判例では判決のなかで抱き合わせ表現をそのまま用いているものが非常に多く確認できました。そのような裁判例では他原因考慮の思考が欠落していることにより因果関係を認定できないものがほぼ全てでした。


5 素因減額

加害者側の提出した医学意見書では5割以上の素因減額を主張することが通例であり、8割・9割の素因減額を主張することも少なくないようです(18番の裁判例)。鑑定書でも同様の主張をすることは裁判例でも多く見られます。私の経験でも身体的素因8割・心因的素因7割などと主張した裁判所選任の鑑定人による鑑定書が提出されたことがありました。  しかし、医学的にはCRPSの発症や悪化に関与する素因の存在を認めない考えがほぼ定説です(『複合性局所疼痛症候群CRPS』57頁)。最高裁判例の準則によると心因的素因として特定の疾患(精神疾患)を同定する必要があります。事故前から存在したその特定の疾患がCRPSを引き起こす可能性を高めることを統計等で証明しなければ素因減額を認める余地はありません。  しかし、地裁・高裁レベルでは素因として疾患の同定をしていない裁判例が多く、それどころか素因となる事柄の同定さえも明確でない裁判例も多く、「なんとなく影響がありそうだ」との理由で素因減額を認めている裁判例が非常に多いという実態があります。これは明確に最高裁判例の準則に反しています。損害賠償を認めるために厳重な証明を求める一方でほとんど理由を述べずに素因減額を認めることは均衡を失することとなります。  現実の裁判例では「このような特殊な疾患を生じたのは被害者が特殊な素因を有していたからである。」という差別意識が強く出ている感じの素因減額が多いと言えます。あと、「このレベルの事故により通常生じる結果も考慮すべきである」として帳尻合わせしている感じの裁判例も多いと言えます。これらの理由をそのまま記載するのはまずいので理由にならない言い訳で素因減額をしている感じがします。判決のその他の部分の記載からも差別意識の強さが窺われるものが少なくないと言えます。


6 意図的な騙しはもちろん犯罪です。

 虚偽の医学的知見等を主張して支払うべき損害賠償金の支払いの全部または一部を免れようとすることは犯罪となります。即ち、裁判官を騙すための騙しの理屈を意図的に主張し、それを信じ込んだ裁判官の錯誤に陥らせ、被害者に対する判決の内容を操作し、被害者が本来受け取るべき損害賠償金を受け取らないようにすることは、意図的に行えばもちろん訴訟の場で詐欺を行ったこととなります。  ことにCRPSが関係する訴訟では被害者の主張する後遺障害は重い後遺障害であることが多いところ、後遺障害の程度等に関して裁判官に錯誤を生じさせて損害賠償金をことさらに低額にさせることは極めて悪質な言語道断の犯罪行為と言わざるを得ません。  これに対しては、加害者側は騙しの理屈やそのための小道具(証拠)で裁判官をおもちゃにして騙すことは高級なマジックを披露するようなもので成功したら称賛されるべきとの感覚を持っているようにも窺われます。訴訟においては、その考えが誤りであり、虚偽の事実を主張して利益を得ようとすることは犯罪であることをことあるごとにしつこく主張した方が良いと思います。ただし、その事件のことではなく一般論として述べるべきです。そうしないと余計な紛争を起こす可能性もあります。


トップへ戻る

ページのトップへ戻る