実務解説 (転載禁止)

加害者側の提出する医学論文について

1 様々な立場の人が執筆しています

医学雑誌等に掲載された論文を加害者側が証拠として提出することは訴訟では定番化しています。但しほとんどの医学雑誌は査読の手続がなく寄稿された論文をそのまま掲載しているようです。そのためか極端な異端説などの特殊な主張をする論文が散見されます。これはCRPSに限ったことではありません。  例えば胸郭出口症候群について世界でその主張をするのは今では1人のみという極端な異端説を展開し、定説によれば胸郭出口症候群となる患者のほぼ全員をその説では胸郭出口症候群ではないと定義する論文が訴訟で加害者側から提出されたこともあります。その医学雑誌では特集号の筆頭論文であたかも有力論文であるかのような扱いでした。医学的な前提知識のない人がこれを読めば一般的な見解ないし有力学説と誤解してしまうのでしょう。この論文の執筆者の医師は同種の論文を色々な医学雑誌に寄稿しています。  なおその論文は「胸郭出口症候群でないとするならば正しくはいかなる疾患であるのか。」を述べていません。常識的かつ穏健な対応としてはある診断を否定するためには同じ症状をより合理的・整合的に説明できる別の疾患をあげる必要があります。驚くことにその論文は診断の否定を症状の否定と同視するかのように詐病ないし症状を偽装する精神疾患であるとの示唆を述べています。さすがにコレを信じる人はいないのではと思いましたが、交通事故事件の裁判例でその理論が採用されたものもありました。  もとより医学雑誌等に掲載された論文であるからと言って、たやすく信じてはいけません。医学雑誌に寄稿された論文は様々なものがあります。現実には特に加害者側(損保側)に有利に働く異質な論文をしばしば見かけます。医学雑誌に加害者側に有利な極端な内容を多数執筆している特定の医師が数名います。もしかするとこの人達は損保の顧問医のような立場の人でしょうか、私にはその背景はよく分かりません。弁護士が執筆した論文が医学雑誌に掲載されることもあります(その方は医師資格を持っていないようです)。以下ではその一部について述べます。


2 CRPSは誤診が大多数であるとの論文


  1. 臨床でのCRPSは誤診が大多数との主張  CRPSに関しては「他の医療機関でCRPSと診断された多数の患者を私が診察したところ、ほぼ全てが誤診であった」との趣旨の論文が数年に1回は医学雑誌に掲載されます。その種の論文の中には訴訟での鑑定を求められて回答した立場で当該患者に対して下されたCRPSとの診断はほぼ全て誤診であったと主張するものもあります。CRPSは過剰に診断されており実際の患者はごくわずかとの趣旨を述べたりします。  裁判官がこれを書証で読めば、「なるほど臨床でのCRPSとの診断は大部分が誤診なのか。本当のCRPS患者は現実にはほとんど存在しないのだな。この訴訟でも臨床での被害者に対するCRPSとの診断も誤診の可能性の方が圧倒的に高いのだな。」ということになりそうです。しかし、そのように簡単に騙される前に検討すべきことがいくつかあります。

  2. 代替候補なしに診断を否定できない  第1の難点は「臨床でのCRPSとの診断が誤診であったとして患者の症状に対する適切な診断は何であるのか」が記載されていないことです。当たり前のことですが患者の症状をCRPSとした診断が誤りであったことにより患者の症状が存在しなくなるわけではありません。元の診断をした医師はその診断をする相応の根拠となる症状を確認したはずです。後に訂正されることになる診断であっても、その診断により患者の症状を説明できるからこそその診断が下されています。その診断の過程で医師は代替案との比較検討をすることが通常です。医師はできるだけ多くの代替案との比較検討をしたうえで診断を下します。  従って、診断を否定するためには患者の症状をより合理的に説明する別の候補となる診断が存在することが前提となります。その新たな診断が記載されていないことはとんでもなく異常なことです。症状に対するより適切な診断(例えば疾患P)を記載して「疾患Pの患者をCRPSと間違えた誤診が多いですよ。」との注意喚起をしないと論文の意味がありません。実際にも医学雑誌ではCRPSの診断で治療を開始した後にリウマチ性多発筋痛症(PMR)であることが判明した2症例の報告がなされています(『ペインクリニック』25巻別冊春号104頁)。  他の疾患との鑑別は診断の過程で最重要の事項です。代替案なき診断の否定を述べる主張はそれが誤った方法であることを知らない裁判官を騙すための論文のような感じもします。

  3. 診断の否定を症状の否定にすり替える  第2の難点は診断の否定を症状の否定を示唆する証拠のように扱っていることです。常識的な見方では「その診断は誤りである。従って、診断対象となった症状は存在しない。」との理屈は成り立ちません。当たり前のことです。  しかし、訴訟では「CRPSによる症状が存在するためにはCRPSを発症したことが不可欠である。」との騙しの理屈(発症理論)が広く通用しています。それを前提に「CRPSとの診断が誤りであれば、CRPSを前提とした重い症状が存在する根拠はなくなる」との理屈を用いているように見えます。理屈を取り出してみればとんでもない暴論ですが、発症理論に騙された状態の人には正しい理屈のように見えるようです。即ち、この部分は発症理論に騙された状態の裁判官を騙すための理屈を述べているように見えます。

  4. CRPSに必須の症状を設定している  第3の難点はCRPSには必須の症状があるとの前提で臨床での診断を検討していることです。CRPSには必須の症状が1つもありません。これはごく初歩的かつ基本的な医学的常識です。しかし訴訟ではCRPSには必須の症状が(多数)存在するとのウソに騙された裁判例が多数を占めます。そこで裁判で蔓延する誤解を前提として、その医学論文はその必須の症状(例えば骨萎縮)がないことで即座にCRPSとの診断が誤りであるとの結論を導いています。その根拠として労災・自賠責のRSDの3要件を持ち出したりします  第3の難点は第1の難点と密接に関係しています。即ち、「CRPSには必須の症状がある。その症状がないことにより即座にCRPSでないことだけは断言できる。なお何が適切な診断であるかは知らない。」との思考方法です。この思考方法は医学的常識を根底から逸脱した途方もなく異常な考え方です。その異常さを知らない裁判官に向けた論文をわざわざ医学雑誌に掲載して、訴訟で証拠として出しているようにも見えます。この部分は訴訟での加害者側の主張に合わせた特殊さがあります。

  5. 骨萎縮必須論などの特殊な騙しの理屈  第4の難点は診断の検討において骨萎縮必須論などの誤った前提を用いていることです。最も有名な大規模調査によれば骨萎縮はCRPS患者の36%にしか生じていませんでした。その大半は軽微ないし軽度の骨萎縮と考えられるので重度の(明らかな)骨萎縮ともなればCRPS患者全体の5%を大きく下回ると考えられます。  骨萎縮必須論は明らかな骨萎縮がなければCRPSとの診断はできないとするものです。医学的常識を根底から否定する理屈です。この誤りを含む論文は骨萎縮必須論に騙されていることの多い訴訟で用いるための論文であるように見えます。  結論としてはこの種の論文を安易に信じてはいけないということです。この種の論文は軽いジャブのように加害者側が提出して来るものです。裁判官は「こんな論文で落とせるほど私はチョロくはないですよ。」と冷静に受け止める必要があります。

3 病期説(三期説)をそのまま引用する論文


  1. 病期説は半世紀ほど前の病態説明の考えです  病期説は1977年にアメリカの医師が提唱したRSDを3つの病期に分けてその病期ごとの症状を述べてRSDの病態を説明しようとした考え方です。  但しその時代は現実の患者の統計に基づく論文は非常に少なく、統計が本格的に医療に用いられるようになったのは1990年代に入ってからです。EBM(evidence-based medicine)です。そこでの証拠(エビデンス)で重視されたのは現実の患者から得られた統計的な数字です(あとMRIやCTなどの最新の検査機器の検査結果も)。学会で権威のある医師の重厚な理論に支えられた学説でも「それは現実の患者を対象とした統計に反しますよ。」と指摘されると誤りを認めざるを得ません。  それが明確に表れたものの1つは腱反射等の反射です。かつては多くの疾患についてそれに対応した様々な反射の検査方法が存在し、その裏付けとなる精緻な理論も存在しました。反射の結果を根拠とした診断も多く下されていたようです。しかし、臨床の患者の統計ではそれらの反射の感度(対象患者が陽性となる確率)は概ね10%前後でした(『エビデンスに基づく整形外科徒手検査法』132頁)。つまり反射の検査は全く役に立っていません。反射を診断で考慮することはむしろ有害とも言えます。この数値を示されては反射の秘儀性は否定されざるを得ません。  もちろんEBMのいう証拠はMRIやCTなどの新たな検査機器の検査結果も含みます。MRIは1980年代に普及し始めた検査機器です。反射による診断の結果はMRIやCTの検査結果に次々と否定されることになりました。その否定対象となった学会の重鎮たる医師達に配慮してEBMの意味に「患者との対話による医療」との趣旨を加えることもありますが、実際には「エビデンスのない空理空論はやめましょう。」というシビアなものであるようです。

  2. 病態説明としても既に否定されている  話がそれましたが病期説は半世紀ほど前の患者の統計に支えられていない古い学説でしかも診断基準ではなく、RSDの病態を説明するためにRSDで生じるほぼ全ての症状を3期の中に振り分けて説明したものです。しかし、1993年に発表されたCRPS患者の大規模調査で病期説はその基礎となる病期の存在自体が確認できず、生じる症状の順序や症状の態様等も臨床の実態からの乖離の度合いが大きいことが多くの医師により指摘され、病期説は完全に否定されました(『臨床雑誌 整形外科』54巻7号)。私は特異な異端説としての歴史的な価値はあると思いますが。  従って、過去の学説となった病期説を今日の医学書や医学雑誌で取り上げる必要は非常に低いと言えます。その病期説をわざわざ紹介する一方で、今日では病期説が臨床の実態から大きく乖離していることから完全に否定されていることを指摘しない論文が医学雑誌に掲載されることもあります。ちょっと怪しい論文だなあという感じがします。  この種の論文は裁判では、「病期説(三期説)が今日も支持されており、それは診断基準ともなる」との趣旨の書証として提出されます。病期説が診断基準となると約20の指定された態様の症状が指定された時期に出現することが必須となり、CRPSには必須の症状が1つもないとの医学的常識からは途方もないレベルで逸脱しています。さすがにその主張は裁判官を舐めすぎです、と言いたいところですが、判例集ではこの主張に騙された裁判例が少なからず存在することが確認できます。その種の裁判例では加害者側が裁判官をおもちゃ扱いにしているような感じさえします。

4 特別基準を主張する論文


  1. 判定指標は必須の症状を求めていないことに言及しない  CRPSには必須の症状が存在しないことは医学的にはごく初歩的・基本的な常識であり、一般的に知られている判定指標や診断基準ではCRPSとの診断に必須となる症状を求めていません。「~の症状が必須である」とした診断基準・判定指標は存在しません。そこで加害者側はこの一般的な常識と矛盾しない特別の条件を提唱します。それが、「『重症化したCRPS』には必須の症状が多数ある」との特別な基準です。  この特別基準と同様に重症化したCRPSには多数の症状が必須であるとする論文もあります。実際には必須の症状の有無を正面から検討するのではなく文章の流れの中でこの内容が述べられています。加害者側はその部分をラインマーカーで強調して証拠として提出することとなります。証拠となるのは多数の症状を必須とする「欲張りセット」の主張となっている論文が多いです。この主張をする論文は広く知られている各診断基準・判定指標ではCRPSには必須の症状が1つもないことには決して言及しません。その時点で察するものがあります。  公表されている一般的な基準では国際疼痛学会も日本の学会も必須の症状を求めておらず、そのことに気づいた裁判官に対しては一般的な基準とは別の特別な基準を持ちかけるという手法です。「特別な基準」として何でも主張できるという理屈です。まさに加害者側が求めている夢のような論文です。CRPSには必須の症状が1つもないのに「重症化」という所在不明のラインを超えると急に多数の症状が必須の症状として出現するという不自然・不合理な状況を想定することは困難です。もちろん、この特別基準を支える臨床の統計は存在しません。

  2. いきなり必須の症状が出現するのは不合理である  そもそも何をもって重症のCRPSとするのか不明です。「重症」との表現ではなく「終末期の」と述べても同じ問題があります。終末期とは病期説(三期説)の概念をもとにして新たに作り出した概念です(実際には三期説にはそんな概念はありません)。即ち、病期説を正しいとしてその概念を用いています。病期説は今日では完全に否定されています。終末期のCRPSといってもCRPS患者の中には症状の重症化の進行が止まる患者も一定数いるため終末期は必ず重症化しているとの前提も成り立ちません。1993年の大規模調査でもこのような終末期の存在や終末期に必須となる症状の存在は指摘されていません。  この種の論文では損保側に極端に有利な他の論文を引用している傾向が強いことが確認できます。例えば、「他の医療機関でCRPSとの診断を受けた患者の大多数は誤診であった」との見解を支持していることもあります。ではどうやって多数のCRPS患者を選別してその特別基準を提唱することになったのであろうかとの疑問が生じます。上記のように病期説を批判せずに引用しているところも気にかかりました。この論文が訴訟で提出されたら裁判官は信じるのかなあと心配になりました。まあ完落ちでしょうか。

5 精神疾患への言及

 診断の否定を症状の否定に結び付ける上記の論文のほとんどはCRPSには詐病が多いことを指摘します。さらに特殊な精神疾患による詐病であるとの趣旨も述べるものも多いです。これにより特殊な精神疾患にり患した人が異常な執念で詐病の主張を粘り強く行っているとのイメージを作り出そうとします。 精神疾患の具体例として、身体表現性障害、解離性障害、ミュンヒハウゼン症候群に言及し、それとは別個の精神疾患(詐病と精神病を混ぜ合わせたような使い勝手の良い精神疾患)を主張しているように見えるものもあります。 なぜ最後の正体不明の精神疾患もどきのような主張が出るのかというと、身体表現性障害や解離性障害は精神的な要因により現にその症状が存在することが前提(診断の要件)となるという加害者側から見た欠点があるからです(実際にもこの理屈で症状の存在を認めた裁判例があります)。ミュンヒハウゼン症候群も自傷によるとはいえその症状が存在する方向に働きます。 それならば精神疾患に頼らずに単なる詐病と主張すれば良いとも思えるのですが、単なる詐病の主張はその主張をする側に証明責任があり、不利に働きます。そこで裁判官が不慣れな医学的概念を通して実質的に詐病と認定することにより、加害者側は証明責任の負担を避けられます。さらに、その医学的概念自体も詐病の根拠としたいとの意向があるようです。それで新たな医学的概念を提唱して、精神疾患性の詐病であって作り出した症状は実在しないとの主張をしているようです。


6 裁判官を騙して支払うべき損害賠償金の支払いを免れることは犯罪となります。

 繰り返し述べてきましたが、加害者が支払うべき損害賠償金を免れるために意図的に虚偽の事実等を主張して裁判官を錯誤に陥らせて判決を取得することは詐欺行為であり犯罪となります。交通事故後にCRPSと診断された方の多くは重い後遺障害を訴えている現状に鑑みれば、仮にこの詐欺行為がなされたのであれば言語道断の悪質極まりない犯罪行為となります。もちろんこれは一般論です。


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