実務解説 (転載禁止)

後遺障害認定での心証形成

1 後遺障害認定での心証形成

 後遺症の存否や程度についての実質的心証を形成するためには後遺症に関するすべての資料を検討する必要があります。検討から漏れた証拠により結論が決定的に変わる可能性があるため洩らさず全て検討します。  即ち、裁判官は、①被害者本人の訴え、②医師が確認した症状(他覚的所見)、③検査結果、④治療内容、⑤治療期間、⑥就労や日常生活への影響、⑦現に下された診断、⑧その他の事情をもれなく検討し、それらを総合して症状を認定する必要があります。  被害者の症状を最もよく知る人物は被害者本人であり、上記①の被害者本人の訴えは最重要の証拠です。上記②の被害者を直接診察した医師の評価する症状も専門家の判断として重要です。上記③の各種検査の結果は客観性の高い証拠であると言えます。上記④の治療内容はその対象である症状の存否や程度を推測する重要資料となります。上記⑤の治療期間はその期間が長ければ症状が長く続いたことを推測させるものです。  上記⑥の被害者が職場で就労制限を受けているなどの状況は症状の存否や程度を推測させる事情となります。上記⑦の現に下された診断はその診断に対応する一定範囲の症状を医師が確認したことから一定範囲の症状の存在を推測させるものですが、カルテ等に症状がより具体的な記載されていることが通常であるため価値の低い資料となります。上記⑧として以上のほかにも身体障害者手帳の交付や障害年金の認定や介護保険の適用などの公的扶助を受けていることは症状に対する公的対応として重視できます。このように被害者の症状は多くの証拠により裏付けられています。  これらの証拠の一部のみを重視することや上記①ないし⑧のいずれかの検討を軽視ないし省略することは、証拠方法を限定する証拠法定主義の同種の誤りとなります。全ての証拠を十分に吟味し検討するという作業は、各証拠方法のそれぞれが独自に有する論理則を整合させることを意味します。もちろん、証拠の中には一見すると整合しないように見えるものもありますが、求釈明をするなどしてその不整合の根拠等を突き詰めて整合性を見出すことが事実認定と言われる作業です。


2 加害者は上記の全ての資料の検討をやめさせようとする

 以上に対して加害者側の立場からは、裁判官が症状に関係する上記①ないし⑧の全ての検討を止めるように誘導し、症状に関係しない資料を検討することにより被害者の後遺障害を否定する結論を出すように誘導することがベストと言えます。夢のような話に聞こえるかもしれませんが現実にその方法が各種の騙しの理屈を用いて広く行われています  その典型例の1つはCRPSの訴訟での骨萎縮必須論です。骨萎縮必須論に従えば骨萎縮の有無のみで結論が出せるので上記①ないし⑧の全ての検討は不要となります。CRPSが問題となる事案では被害者の主張する重い残存症状、それを裏付ける医師の判断、長期の入通院、治療状況、重い制限のある就労状況、重い等級認定がなされた障害手帳、重い障害を前提とするヘルパー派遣などの行政の支援等の実情を直視すると被害者の主張する後遺症が存在するとの心証が固まっていきます。しかし、その全てが検討不要となれば裁判官が余計な心証を形成してしまうことを防げます。  この骨萎縮必須論を完落ち状態で信じた裁判官は「骨萎縮があるとは認められない。よって、被害者の主張する症状は本件事故により発症したCRPSによる症状ではない。」として被害者にどのような最終的症状が残存するかはともかくとして、その症状は本件事故により発症したCRPSによるものではない(ので検討する必要もない)との結論を導きます。まさに実質的心証が極度に空洞化したスカスカの状態で否定の結論を出すという加害者側の思い通りの行動をすることとなります。まさに完落ちであり強度の洗脳ともいえる状況です。この構造の裁判例が非常に多いことは判例解説で確認した通りで  この種の判決は上記①ないし⑧の証拠を被害者の症状を否定するためにのみ使用します。即ち骨萎縮がなければその時点で後遺障害の不存在が確定するため、骨萎縮以外の全ての証拠は後遺障害を肯定する意味を持たず、後遺障害を否定した結論を補強するためにのみ用いることができるとの理屈です。最初に結論を決めてそれに沿うように証拠を解釈して摘まみ食いしているにすぎず、実質的な心証形成をしているとは言い難いです。判例解説ではそのような構造の裁判例が多くありました。  同様にRSDの3要件を診断基準とするウソ医学も上記①ないし⑧の検討を不要とし、後遺障害の有無に関係しない指標の存否の問題にすり替えます。RSDの3要件が診断基準であると騙された状態で「RSDの3要件を満たさない以上、被害者はCRPSを発症したとは言えず、『CRPSによる症状』が生じるための前提条件を欠く。従って、被害者の症状がいかなるものであれ、それは本件事故により発症したCRPSによる症状ではないため、本件事故との因果関係はなく、認定する必要もない。」との特殊な思考に誘導されていきます。私の解説した裁判例でも上記のこの2種類のルートで完落ち状態で騙されたものが多数ありました。


3 診断の適否の検討は何も導きません

 上記の騙しの理屈は必須の前提として「診断が正しいこと(発症したこと)」を要求します。もとより「診断が正しい。よって、診断の基礎となった症状が存在する。」との関係は認められません。しかし、加害者側は「被害者の主張する症状は『CRPSによる症状』である。『CRPSによる症状』はCRPSを発症したことにより生じる症状である。」との理屈で被害者がCRPSを発症したかどうかの検討が必要であるとの誤り(発症理論)に誘導します。  この誤りに誘導されると、後遺障害の有無や程度の判断においてCRPSを発症したかどうか以外の検討は不要となり、上記①ないし⑧の検討は不要となります。後遺障害の有無や程度に関係しない問題の検討に全てを委ねることとなります。  なお、上記⑦は「現に下された診断」から診断の対象となった患者の症状が一定範囲内で推測できる(ほぼ全ての疾患は必須の症状を持たないので一定範囲とはいえかなり広い範囲ですが)との意味での症状の裏付けです。これに対して「診断が正しいこと」は上記⑦とは全く別の対象(現に存在する事実ではなく、概念の適否)を検討するものです。もとより診断が正しいことにより症状が裏付けられる関係にはありません。事実に対する評価には事実を変更する力はありません。


4 加害者側は「ないものねだり」に誘導する

 以上のとおり被害者に残存する後遺障害の有無や程度を検討するためには、後遺障害に関係する全ての証拠を洩れなく検討する必要があります。これに対して、加害者側は後遺障害に関係する全ての証拠の検討を止めさせ、後遺障害とは無関係な証拠の「ないものねだり」に誘導します。骨萎縮必須論はその典型です。この主張に騙されると「現に存在する証拠」を検討した結果としての心証が形成されず、存在しないものの検討による空虚な心証により結論だけを決めることとなります。  しかし、「被害者に何らかの症状が残存しているかはよくわからないが、それは本件事故により発症したCRPSによる症状ではないので検討する必要はない」、との判断を内包している時点でその判断の欺瞞性に気付く必要があります。  正しい検討方法では、(A)まず被害者に残存している症状を認定します。(B)その残存症状を生じさせた原因として事故以外のより可能性の高い具体的な他原因が存在するかどうかを検討します。(C)もちろん診断の適否の検討は不要です。  即ち、加害者側が様々な騙しを駆使して検討自体を止めさせようとした被害者の現実の残存症状を最初に認定することとなります。これが実質的心証の出発点です。その実質的心証が空洞化したことに気づかずに騙されたのは普段から実質的心証を形成しない判決を書いているからではないかとも思えます。  上記(A)はCRPSの重症化した事案では上記①ないし⑧を検討したならば、被害者の主張する後遺症状が存在すると優に認められる事案は多く存在します。上記(B)その被害者の症状は交通事故を起点として発生していることや事故以前の生活状況などから交通事故以外の原因が見当たらない(加害者も主張していない)事案では交通事故が原因であると認めることができます。ルンバール事件やその後の最高裁判例は他原因が見当たらないことを重視しています。(C)結局被害者の症状に対する診断を検討するまでもなく、その症状は交通事故により生じたと認定することができます。この思考過程は特殊なものではなく一般人の常識に合致するものです。


5 証拠法定主義と同じ誤り

 骨萎縮の有無のみで結論を決めて他の全ての証拠の検討を無意味とする方法は、証拠法定主義と同じ誤りを内包しています。証拠法定主義では要証事実の証明手段を法で定め(例えば「Pの存在」とする)、Pの存否以外は検討する必要がなくなり自由な心証形成ができなくなります。それ故自由心証主義違反の典型例として証拠法定主義があげられます。  骨萎縮必須論は骨萎縮の有無で要証事実(後遺障害の存否)の存否が決まり、骨萎縮がない場合には他の全ての証拠を検討する必要がなくなる点で証拠法定主義と同じ誤りを有しています。証拠を限定して実質的心証を空洞化させることは自由心証主義の本質を骨抜きにします。


6 他覚的所見必須論について

交通事故訴訟ではこのような隠れた証拠法定主義の「落とし穴」が他にもいくつかあります。非常に有名過ぎて逆に「落とし穴」であることが気づきにくいかもしれません。それは「後遺障害等級12級には他覚的所見が必須である」との証拠の縛りです。これは証拠の縛りを設定して他の全ての証拠を無価値としようとする騙しの理屈です。この考えが正しい規範であると勘違いしている裁判例は極めて多数に及びます。実はこの考えには法的根拠は全くありません。正しくは症状に関係する全ての証拠(上記①ないし⑧)を検討して後遺障害の程度についての実質的心証を形成してそれに基づいて後遺障害等級への該当性を判断することとなります。これに対して加害者側は他覚的所見を画像所見に限定してさらに縛りをきつくしようとします。  この点は「法的根拠のある認定基準は存在するのか」、「平成15年の認定基準の大改正」、「青い本の見解とその問題点」、「他覚的所見の意味」の項目で詳しく論じました。そもそも「他覚的所見がなければ12級以下」との縛りに実質的心証として納得できるわけもありません。この理屈に騙されて、「どんな症状かよく分からないけど、他覚的所見がないから12級以下である」との結論を出すことは心証形成の放棄です。


7 高次脳機能障害の3要件について

 さらに「脳外傷による高次脳機能障害」を認定する必須の条件を設定する考え(3要件)も証拠法定主義と同じ誤りがあります。これも実は法的な根拠を持ちません。高次脳機能障害については別項目で詳論しました。  検討対象の証拠を絞り込むように誘導することに対しては「自由心証主義に反しないか」を検討して疑いの目で見る必要があります。しかし、裁判例の中にはこれを「直接証拠中心主義」として間接証拠を無視する方便にしているように見えるものもあります。


8 脳脊髄液漏出症、低髄液圧症候群について

 この疾患も加害者側は必須の要件を主張します。起立性頭痛、ブラッドパッチによる改善です。これも証拠法定主義と同じ構造であることに気づけば、この要件にこだわることは誤りと気づくことができます。


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