実務解説 (転載禁止)

後遺症の事実認定について

1 各用語について


  1.  証拠方法  証拠の取調べの対象となる有形物です。

  2.  証拠資料  証拠方法の取調べの結果として得られる判断資料です。証拠資料は裁判官が五官の作用により証拠方法から獲得した内容なので無形であり「証拠調べの結果」(民事訴訟法247条)を指します(『新民事訴訟法』小林・山本172頁)。

  3.  証拠能力  具体的な人証または物証が証拠方法となりうる資格です。民事訴訟の自由心証主義のもとでは原則として証拠能力には制限はありません。

  4.  証拠力(証拠価値、証明力)  証拠資料が裁判官の心証形成に寄与する程度です。証拠価値または証明力ともいいます。証人の証言内容の真実らしさや文書の記載内容の真実らしさが証拠力に該当します。

  5.  証拠原因  証拠資料のうちで、要証事実の認定において裁判官の心証形成の原因となったものです。

  6.  訴訟資料  当事者の弁論から得られる裁判の資料(判決の基礎となりうる事実)です。「証拠資料によって訴訟資料とすることはできない」との格言があります。これは証拠資料(取調べの結果弁済の事実が認められること)によって、訴訟資料(弁論で当事者が主張する事実)に代替することはできないとの意味です。  弁論の面での当事者の主張はそれ自体として証拠資料になることはなく、ただ、弁論の全趣旨(247条)の1つとして証拠原因となるにとどまります(『新民事訴訟法』413頁)。

2 確実性の度合いの高い事実から順に事実認定をします


  1.  確実性の高い事実から配置する  事実認定とは「何が生じたのか(生じた可能性が最も高い事実は何か)」の具体像を作り上げることです。裁判官は当事者の全ての主張書面を読み込み、様々な証拠方法や関係者の証言や尋問での態度や代理人とのやりとりなどの全ての訴訟資料と証拠資料をもとに、その事件の骨格がいかなるものであるのかの心証を形成していきます。  その際に確実性の高い事実から順に配置していくことは理にかなっています。配置という言葉を用いたのは、確実性の高い事実といえども全体像が確定するまでは仮置きの状態であり、事実認定として確定したものではないとの意味です。最も確実性の高い事実を基礎として、その土台の上に次に確実性の高い事実を積み上げていき、これを繰り返して事案全体の骨格を作り上げていくことは、原理的に優れた事実認定の方法であると言えます。その事実認定の過程で新たな事実に出会ったならば、それまでに積み上げてきた事案の骨格の全体像と矛盾なく整合するように新たな事実を配置する必要があります。  しかし、いかなる配置をしても新たな事実の置き場所が見つからなければ、前提事実に誤りがあると疑う必要があります。この場合には1段手前の前提に戻って、その前提を見直していく必要があります。その結果、前提の見直しにより新たな事実との矛盾が解消できる場合にはその全体像が新たな前提事実となります。1段手前の前提の見直しで解決できなければ2段手前の前提に戻って検討しなおす必要があります。このように事実認定とは確実性の高い事実を中核にして、それと整合性が取れるように全体像を作り上げていく作業であると言えます。

  2.  動かしがたい事実  事案の背景的事情であって当事者間に争いがない事実は確実性の高い事実の筆頭といえます。しかし、事案によっては背景的事実を確定しても争点に関する認定への影響は少ないとも言えます。争点に関する事実認定は「確実性の高い事実」との視点のみではなく、法律的な意味を考慮する必要もあります。特に契約等の法律関係に関する訴訟ではその視点が重要です。  そこで事実認定に関する著書では「動かしがたい事実」を中心に事実を確定していく方法が勧められています。動かしがたい事実とは争点に関係する事実で契約書などの確実性の高い証拠により認定できる事実を骨格としてそれとの整合性で事実を認定していく方法です(『民事訴訟における事実認定』25頁)。但し、この方法は処分証書等のない不法行為の事案ではあまり有効とは言えません。不法行為の事案では原則に立ち返って確実性の度合いの高い事実から順に認定していく堅実な方法によることが求められます。  なお判例解説では「確実性が高い事実」を「動かしがたい事実」とほぼ同視していたのですが、上記のようにその異動を理解するべきと考えました。

3 被害者の最終的症状(後遺症)の事実認定


  1.  検討対象の事実  被害者の主張する後遺症(最終的症状)の認定に関しては、後遺症に関係する全ての事実を検討する必要があります。検討から漏れた事実により結論が大きく変わる可能性があるため、全てを漏らさず検討する必要があります。即ち、裁判官は、①被害者本人の訴え、②医師が確認した症状(他覚的所見)、③検査結果、④治療内容、⑤治療期間、⑥就労や日常生活への影響、⑦現に下された診断、⑧その他の事情をもれなく検討する必要があります。上記の各事実には被害者の症状をその事実特有の論理則により裏付けます。それらを整合性が取れるように統合して後遺症を認定する必要があります。以下ではこの点をみていきます。

  2.  治療期間  上記のうち⑤治療期間すなわち、被害者が特定の病院に入通院した事実経過は証拠で確認できる確実性の高い事実です。裁判で争われることはなく、容易に確定できる事実です。このような背景的事実は特に確実性が高い事実であると言えます。

  3.  治療内容  被害者への治療内容はレセプトやカルテ等に記載があり、その治療をしたこと自体が争われることもまずありません。従って確実性が高い事実であると言えます。但し、CRPSの訴訟では加害者側は「被害者が詐病の演技をしたことに対して治療した」との含意で裁判官が治療内容を重視しないように誘導することが非常に多いと言えます。

  4.  医師が特定の診断をした事実  被害者が診察した医師が「特定の診断をした事実」も診断書の記載に対してその事実自体は争いようがありません。この部分では確実性が高い事実となります。加害者はその診断が正しいか(適切か)を争うことはできてもその医師がその診断をしたことは争えません。

  5.  行政の扶助、障害者認定  被害者に対して行政がヘルパー派遣等の扶助をしている事実もそれを証明する書面を提出すれば争われることがありません。被害者に対する障害者手帳の交付なども証拠を提出した場合に争われることはまずありません。これらも確実性が高い事実となります。

  6.  被害者の就労状況  被害者が事故後に退職したなどの就業場所の変更等はまず争われることはありません。この部分では確実性が高い事実となります。但し、加害者が争うことによりその退職理由が被害者の主張とおりとすることの確実性は低下します。  自営業者の収入減少はその証拠となる決算書と課税証明書の内容自体は確実性が若干劣る事実となります。虚偽内容の決算書を提出してその課税証明を取得して、その後すぐに修正申告をするという方法で事故前の収入を多く偽装することも可能です。また、経費を過大に見積もって収入減少を偽装することも可能です。

  7.  検査結果  レントゲンやMRI、CT等の検査をしたこと自体が争われることはありません。その結果の読み取りがカルテや診断書のとおりであるとすることは本来であれば確実性が高い事実です。但し、加害者側の主張や意見書等により確実性が争われることもあります。  上記以外の検査も基本的には医師が虚偽の検査結果を記載する理由がないとのレベルでの確実性はあります。しかし、加害者側の主張もありごまかしが少しでも可能であればその価値を低く見積もられる可能性があります。

  8.  医師の確認した症状  被害者を診察した医師が確認した症状は診断書やカルテで確認できます。医師がそれらの書面に記載する症状が存在すると信じてその記載をしたことの確実性はあります。しかし、加害者側の主張もあって症状によってはその症状が実際に存在することの確実性は低く評価されます。

  9.  被害者本人の訴え  被害者本人の訴えは訴訟では一般的に確実性が低いと見ともられています。ただし、被害者が自分に不利な内容を述べている部分のみに確実性を認める裁判官もいます。

4 後遺症の事実認定の構造


  1.  確実性が高い事実  上記イないしカは確実性が高い事実です。即ち、被害者が事故後に医療機関に入通院した事実経過、そこで特定の治療を受けた事実、その治療に際して医師が被害者の症状に対する見立てとして一定の診断および治療をした事実、被害者の就労状況、被害者に対して行政が扶助などの援助をしている事実、障害者認定をした事実などは確実性が高い事実として事実認定の基礎となります。加害者側もこの点は争わないことが通常です。争ってもその事実自体は覆せないからです。

  2.  確実性が争われる事実  上記キの検査結果のうち画像資料そのものは争いの対象とはなりません。しかし、CRPSの訴訟ではその画像から骨萎縮が確認できるか否かの読み取りは毎回のように争われます。関節可動域検査は検査結果としてその数値が記載されていること自体は争われませんが、実際にその数値とおりの可動域であるのかは毎回のように争われます。即ち、被害者が抵抗して数値をごまかしているとの理屈が背後にあります。上記クの医師の確認した症状についても患者がごまかす余地が少しでもあれば加害者側はその主張をします。

  3.  事案の構造  CRPSの訴訟では被害者側の証拠は被害者の主張に沿うものとなっており、長期の入通院中に症状が悪化した経過や主治医が確認した症状と治療内容はカルテに記録があり、被害者が仕事を止めて行政からの福祉支援や障害者手帳の交付を受けるなどの状況にあり、被害者の主張を裏付ける証拠が多数存在する事案が多いと言えます。被害者側の証拠を具体的に検討したならば、被害者の主張する後遺症が残存していることを認めることが、それらの証拠と最も整合した結論となります。  以上に対して、上記の各証拠を具体的に検討したならば被害者側の主張する事実を否定することは不可能といえます。長期にわたる入通院、多数回のブロック注射、可動域訓練、仕事を辞め就労していないこと、行政の扶助を受けていること、障害者手帳の交付などの事情は、被害者の後遺症を全否定する加害者側の主張とは全く整合しません。  無理やり整合させる説明をしようとすれば、治療経過・医師の確認した症状・検査結果等について、被害者があらかじめ高度の医学的知識を有しており、なおかつ超人的な偽装能力を駆使して詐病を主張し、さらに超人的な粘り強さで詐病の主張を執拗に続けたとの事情を想定しないと、整合した説明はできません。事故前に普通に就労していた被害者が事故後にこのような超人に変貌したとするのは、かり無理のある苦しい説明です。  事実認定では関係する全ての事実を整合させることが重要であり、この苦しい説明を避けては通れません。超人を登場させてつじつま合わせをする説明は「超人論法」というべきものですが、「超人論法」が必要となることはその説明が成り立っていないことを意味します。被害者が重度の症状を主張することが多いCRPSの訴訟は加害者が正面から全ての事実を整合させる説明を行おうとするならば、超人論法のような無理のある説明を必要とする事案が非常に多いと言えます。症状に関係する全ての事実を詳細に検討し、整合性のある全体像を構築するという事実認定の基本的手法を用いることは加害者側に決定的に不利に働くこととなります。

5 加害者側の争い方


  1.  後遺症の事実認定を一切させない戦略  上記のとおり正面から事実認定を行うこととなれば、被害者の後遺症を全否定する加害者の主張に沿う事実を認定することは不可能ないし極めて困難です。そこで加害者側が用いる戦略は、裁判官が被害者の最終的症状(後遺症)の事実認定を一切しないように誘導することです。  即ち、「被害者の症状が具体的にいかなるものであるのかは措くとして、それは本件事故により生じたものでない。よって、被害者の最終的症状を検討する必要がない。」との理屈に誘導することです。この戦略が成功すれば、裁判官は上記①ないし⑧の全てを検討することなく、被害者の主張を否定することとなります。加害者側にあまりにも都合の良すぎる理屈ですが、現実には裁判例の多数がこの理屈を用いて、被害者の最終的症状を具体的に検討することなく、被害者の主張を排斥する結論となっています。以下この点を述べます。

  2.  発症理論  発症理論は被害者の主張する症状を「CRPSよる症状」であると定義し、「被害者がCRPSを発症したからこそ『CRPSによる症状』が生じる」との理屈を述べます。即ち、被害者の主張する症状の存否を検討するためには、CRPSを発症したか否かのみを検討すればよく、上記①ないし⑧のすべての検討は不要であるとの理屈を述べます。  この理屈に騙されると、上記①ないし⑧のすべての検討をせずに被害者の主張の否定を導きます。

  3.  誤った診断の検討への誘導  発症理論のもとで診断の適否を検討する際に、被害者の症状を説明できる代替候補との比較検討をしないという誤った診断の検討方法に誘導します。その結果、「被害者は本件事故によりCRPSを発症したとは認められない。被害者の症状に対する正しい診断が何かは不明であるが、とにかく被害者の最終的症状との因果関係はない。」との結論に導きます。その結果、上記①ないし⑧のすべては検討する必要がなくなります。

  4.  骨萎縮必須論(必須の症状を主張する説)  加害者側は被害者には骨萎縮はない。よって被害者はCRPSを発症していないとの理屈に誘導します。その上で、被害者は本件事故によりCRPSを発症して「CRPSによる症状」(関節拘縮)を生じさせたとは認められない」との理屈に誘導します。この理屈で完結するので、上記①ないし⑧のすべては検討する必要がなくなります。

  5.  画像による証明を求める考え  関節可動域制限や関節拘縮はレントゲン・MRI・CTなどの画像ではそれを裏付けることはできません。専門家である医師の行った可動域検査の結果を信用するほかありません。実際にも意思を騙して可動域の終末感を偽装することは不可能と言えます。  これに対して加害者側は、重い後遺障害は他覚的所見(画像)で証明すべきと主張することが典型的対応となっています。正しい意味では、他覚的所見は医師が五官の作用で看取できた全ての所見であり、視診や触診も当然に含みます。労災や自賠責でもこの医学的定義に従っています。しかし、他覚的所見を画像所見に限定する誤りに陥っている裁判官も少なくないために、加害者側は常のこの騙しの理屈(他覚的所見=画像所見)を用います。  そのため画像所見が必須との考えに至った裁判官は、骨萎縮が映ったレントゲン画像こそがその証明手段であると誤解することとなります。裁判例ではこの誤解に陥ったと思われるものが非常に多数存在します。

  6.  機序の解明を求める考え  被害者側の関節拘縮の主張に対しては、加害者側はその症状が発生した機序が明らかにされなければ、その症状の存在が確証されないとの主張を行うこともあります。  これは青い本で12級と14級の症状を区分する「説明と証明」の理論(青い本独自の見解で自賠責の見解ではありません)を背景とするものです。医学的な証明のためには医学的に機序が説明できなければならないとする主張です。  現実の事件では事故直後の時期から痛みと可動域制限を訴え続けてきた被害者に可動域制限や関節拘縮が生じたとの症状の連続性やそれを確認した医師の見解を無視して「何が何でも医学的説明が必要である」とする主張は、かなり異常なものと言えます。CRPSにより各症状が生じる機序はいまだ解明されていないとすべき状況です。解明されていたとしてもその医学的説明を知らなければ、現実に存在する症状を認めないとする考えは、条理に反します。  実際にも判例解説40番の「橈骨遠位端骨折後のRSD」の裁判例では、判決は「原告の左手関節の可動域制限の原因についての明確な客観的所見は乏しい」、「関節可動域の制限が医学的に合理的な説明によって裏付けられているとは言えず、その発生の機序が原告の主張立証によって明らかにされているとは言えない。」との理由で機序の証明がなければ後遺症を認めないとします。

6 「動かしがたい事実」への誤解

 CRPSに関係する訴訟の裁判例では、「動かしがたい事実」が誤って設定されているように見えるものが非常に多いです。即ち、「CRPSの診断にはRSDの3要件が必須である」、「CRPSの診断には骨萎縮が必須である」という事実ですらないもの(ウソ医学)が「動かしがたい事実」として中心に据えられているものが多いと感じます。その結果、「被害者はCRPSを発症していない。よって被害者はCRPSによる症状を生じる余地はない。以上、終了。」との形で被害者の後遺症の事実認定を全くしていない裁判例が非常に多いです。


7 裁判官を騙して支払うべき損害賠償金の支払いを免れることは犯罪となります。

 繰り返し述べてきましたが、加害者が支払うべき損害賠償金を免れるために意図的に虚偽の事実等を主張して裁判官を錯誤に陥らせて判決を取得することは詐欺行為であり犯罪となります。交通事故後にCRPSと診断された方の多くは重い後遺障害を訴えている現状に鑑みれば、仮にこの詐欺行為がなされたのであれば言語道断の悪質極まりない犯罪行為となります。もちろんこれは一般論です。


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